私はサーラの部屋のロックが解除されたのを感じ取って、あの子が目覚めた事に気がついた。
同じ力を持っている彼女であれば、さほど厳重にかけたとは言えないあの程度のロックなら外すことも可能だからな。
それで…次にやりそうな事と言えば、彼女の言う“仲間“の救出だろうと見当づけて、地下牢に向かった。
案の定、あの子はサーラたちの部屋よりは幾分頑丈にかけたロックを解除していた。
「私たちの力は性質が極めて近いんだ、だからまともに解除しようとするよりも、
ロックの元となってる魔力を私のほうに移すほうが簡単なんだよ」
記憶を失っているとはいえ、鋭い指摘に感心する。
「さすがは私の妹、良く気がついたね」
「…エアトル!」
入り口から現れた私に、リルは嫌な顔をする。
トラップは私の方へとチラッと視線を向けたかと思うと、そのまま人間たちを出す作業に熱中する。
「…君は人間の事を知らない。私たちの祖父は…」
「人間のせいで殺されたんでしょ」
真相を知れば、私の気持ちが分かるかと思ったが、あの子はあっさりとそう言いのけた。
「それを知りながら、どうして…」
牢から出た仲間だという人間たちを背に、あの子は腰に手を当て胸を張って答えた。
「私は自分たちの正しいと思う事をやっていく。誰にも絶対に邪魔させない!
それに、ほとんどの人がその事とは無関係なのに、こんな風に閉じ込めて…最低っ」
「君は、自分が何を言っているのか分かっているのか?」
真っ向から対立姿勢を取るあの子に怒りすら覚える。
記憶を失っているとはいえ、全く予想の出来ない事ばかりが続いて…
「分かってる。分かってるから言ってるの!」
強い意思を持った瞳で睨み付けるトラップ。
私が覚えているこの子はもっと大人しくて、私やフォルクの後ろを付いて回るような子だったのに…
驚きを振り払う様に目を閉じる。
そして、私はサーラへと視線を移す。
「…国王の命により、貴君に与えられている騎士団長位は剥奪される事になった。
フェイルスも同様だ」
「もちろんオレもだな」
あの子の隣、にこやかな笑顔でソルティーが言った。
「まさか、ソルティーまでもが加担しているとはな…」
それに猛然と抗議するのはトラップ。
「信じらんない!言う事を聞かないからって!」
「…地位とはそういう物だ」
あの子の眉がこれ以上はないというほどつり上がる。
「なら人間の事は!?
お爺さんを亡くして悲しかったんでしょっ?
ここに捕まってる人にだって家族がいるのに…同じ気持ちになる人を増やすことないじゃない!」
かつては甘えん坊の子供だった彼女も、もはや自分の考えを持った一個の存在。
それを認められなくて、私は呪文を口走る。
「エスディル・アル…」
「エアトル様!」
「エアトル!」
即座に反応するのはサーラとソルティー。
2人は視線を交わし一瞬で防御壁を作り上げる。
彼らはこの魔法が私の使う最強の物だと分かっているから当然だが…
後もう1人…素早くレイピアを抜き放ち、しなやかなバネで床を蹴る少女。
そう、あの子…トラップ。
このまま貫かれるのもいいかもしれないな…と心の片隅で考える。
「2人ともやめないか!」
背後からの大声に、レイピアの切っ先がぴたりと目の前で止まった。
聞き慣れた声、けれど大声は始めてで…思わぬ人の登場に、呪文詠唱も止まる。
「ち…父上…」
「ジョメル国王陛下!」
レイピアを下ろし呆然と立ちすくむトラップ。
「よく帰ってきたね…」
何も言わない彼女に微笑みかけた父は私の方へと顔を向ける。
「ジーラ…君はメルティの言い分を聞いてどう思ったかな?」
飛び出しかける怒声を抑えて、なるべく平静に答える。
「…確かに、正論でしょうね…ですが、人間は…」
言葉が続かず、口を閉ざす。
分かってはいた。人間全てを憎んだ所で何も変わらない事。
そんなことはとうの昔から分かりきっていた…でも、憎まずにはいられなかった。
何よりも大事だった妹がもう戻らないかもしれない。
それを知った時、その思いは自分では止められないほどに大きくなっていた。
けれど…今思えば、あの子が戻ってきた瞬間に、人間への憎しみは薄れていたのかもしれない。
現にあの子の言葉を間違っていると言えない私がここにいる。
そういった心の動きを父上は感じていたのだろう、ふっと笑みを浮かべて後ろに控えていた騎士の1人に言った。
「リディウス。人間たちを開放してやれ」
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