すべての始まり16〜存在〜


「エアトル!!」
 私の声に呆然としていた彼らが騒ぎ出す。
「トラップに何しやがったんだ!」
 金髪の青年が掴みかかるのを、彼は容赦なく風で切りつける。
「エアトル様、おやめ下さい!」
「これ以上、人を傷つけてどうしようっていうんだ」
 止めるサーラとフェイルスを冷え冷えと凍てついた瞳で睨む。
「こいつらが…私からどれだけの物を奪ったか分かって言っているのか」
「だからといって…」
 2人がトラップの代わりに庇うような形で立ち塞がっている。
「…いいだろう」
 その言葉にほっと安心したのもつかの間…彼は予想もしなかった言葉を続けた。
「2人とも一緒に自室へ閉じ込めておけ。
 そこまで言うからには、覚悟あっての事だろうからな」 
 言い放って、彼女を抱えてその場から歩き去ろうとする。
 周囲を囲まれて、サーラとフェイルスは顔を見合わせた。
「どうする?」
「大人しくするしかないな」
 この状況を…何とかする為には…
 その場から背を向けてエアトルを追いかける。
「エアトルっ!待って!さっきの命令を今すぐ取り消して」
 私には何も出来ないけど、彼が取り消してくれれば…
「ねぇ、エアトル!」
 肩に手をかけて、私の方へと無理矢理向かせた彼の顔は真っ青だった。
「どうしたの…?」
 肩の手を荒っぽく弾いて、彼は走り出した。
「ちょ…ちょっとっ」
 無言のままで走る彼について行くのはかなり辛かったけれど、何とか目的地まではついていくことが出来た。
 上がり切った息を整えて彼が入った部屋を見るとそれはトラップの部屋。
 大きく開け放たれた扉から見ると、エアトルは何事かを呟いている。
 ベッドに横たえられているトラップの顔は血の気が全く無くて・・・
 息を飲む私にはまるで気付かない彼は、ディスペルを彼女にかけ終える。
「…まさか、ここまで悪影響を及ぼすとは…」
 舌打ちして、またぶつぶつと呟いて、右手に現れたほのかな紫色の光をトラップの心臓のあたりに押し込む。
 僅かに赤みをさした彼女の頬に、エアトルが安堵のため息を漏らす。
「間にあったか…」
「ちょっとっ!あんた彼女に何をしたのよ!!」
 大声に振りかえると、ピンクの髪の女性が私の横をすりぬけてエアトルに食って掛かった。
「…リルか」
「え…?」
 力の抜けた彼女の手をゆっくりと襟元から外して、彼は中へと入ってきたもう2人を順番に見て行く。
「…ルーシアにアルミナ…懐かしい顔ばかりが揃ったものだな。
 まぁいい、私にはやるべき事がある。それまで君たちにはこの部屋にいてもらおう」
「私たちが大人しくしてるとでも思ってるの?」
 リルが挑戦的に言うのに彼は僅かな笑みを浮かべる。
「いや…しかし、君たちはこの部屋から出られないよ」
 そう言って出てきた彼は、扉を閉める時に小さく一言呟いた。

「フェリア、君はグラフノーンに帰るんだ。
 気になる事が何だったかはもうはっきりしただろう」
 彼女の部屋の扉をしばらく見つめていた後、彼はそう言った。
 表面的には落ち着いた様に見える彼だけど…
「嫌よ、まだ戻らない」
 首を振って、その瞳を見つめる。
「残念ながら、選択権は無い」
 そう言って目を逸らした彼は早足で歩き出した。
「エアトルっお願いだから、もうやめようよ」
「何がだ」
 振り向きもしないで、そのままの速さで歩く彼を小走りで追いかける。
「だって、あの子は戻ってきたんだよ、もう…それだけでいいじゃない」
「確かにここに戻ってはきたな。
 だが、記憶が無い。あいつらのせいでな」
 硬い声で取り付くしまもないエアトル。
「それなら、せめて他の人間だけでも開放してあげて、彼らは無関係でしょ」
「…フェリア」
 ぴたりと立ち止まって、私の方へと向き直る。
「これはエルディアの問題だ、グラフノーンの王女である君が立ち入る領域ではない。
 分かったならさっさと帰るんだな」
 再び足早に歩き出した彼を止めもせずに私はその場に立っていた。
 グラフノーンの王女…
 毎日の様にエルディアに来ていて、その事実を忘れそうになっていた私。
「…そうよね。私はグラフノーンの…」
 でも、よりにもよって彼の言葉で思い知らされるなんて…
 視界がぼやけて頬に涙が伝い落ちる。
 ずっと、ずっと…そばにいたのに、彼にとっての私はただの部外者に過ぎなくて…
 それが悔しくて、悲しくて、辛くて…
「どうした、お姫さん」
 うつむいて立ちつくしていた私の頭にぽんっと大きな手が置かれた。
 私をそんな風に呼ぶのはただ1人。
「ソルティー…」
 見上げた私を見て、彼はギョッとした顔をする。
「おいおい、そんな顔して…何かあったのか?」
 言うべきか言わないでおくべきか迷ったけれど、今までの経緯を彼に話す。
 ただ…彼が最後に言った事だけは伏せて。
「そうか…それで、こんなに慌しいわけな」
 腕を組んで考え込んだソルティーは、やがていつもの陽気な笑顔を浮かべた。
「よし、オレに任しとけ。悪い様にはしねぇから」
 その言葉自体は頼もしいけれど、サーラやフェイルスの二の舞になるんじゃないかって心配してしまう。
 私の表情が曇ったのが分かったのか、彼はことさらの笑みを浮かべて片目を閉じた。
「大丈夫、大丈夫。これでも結構立ち回りはうまいんだぜ。
 お姫さんはグラフノーンでうまく行く事を祈っておいてくれや、な?」
 ぽんぽんっと軽く頭に手をのせた彼は、のんびりした足取りでエアトルが歩き去った方向へ向かう。
「ソルティー…ありがとう」
 そっと口にすると、その声が届いたのか、彼はひらひらと手を振った。




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