「旅立つ?彼女を探して?」
いつもの様にエルディアへ来ていた私はサーラに問い返した。
「えぇ…このオーブ…姫様が戻ってきたなら反応するとエルアラ様が言い残した物なのですが、先日光を放って…」
彼の手には薄く緑に色づいた水晶球。
「でも…どこにいるかさっぱりなんでしょ?」
「だから、探し出すんです」
きっぱりと言いきって、決心は揺るがないみたい。
「それで、他のみんなは行っても良いって?」
「フォルク様には“自分が行く”と猛反対を受けましたけれど…他の方からは“行ってこい”と」
気持ちは分からないでもないけど…フォルってば。
「サーラ」
エアトルが思い悩んだ表情でやってきた。
「どうなさいました?」
「うん…その…実は…」
彼には珍しくもごもごと言い難そう。
「あ〜…いや、いい。すまない、気にしないでくれ」
くるりと方向転換してその場から走り去ってしまう。
「…変なの」
ポツリと呟く私に首を傾げるサーラ。
「まぁ…行ってきます」
「え、今すぐ!?」
にっこり微笑んで“えぇ”と一言。
信じられない…というのも、彼があまりにも軽装だったから。
少しの荷物しか入ってなさそうな背負い袋1つに一振りの剣…
とてもじゃないけれど、いつ戻るか分からない旅に出るようには…
ううん、騎士団に入る前のサーラってここまで旅をしながら来てたって聞いたし…必要な物はちゃんと入ってるんだわ。
「じゃ…じゃぁ頑張ってね」
ようやくそれだけを言った私にサーラは笑みを浮かべたまま、耳に言葉を流し込んだ。
「あなたもね」
何を指して言っているのか、すぐ分かって耳の先まで熱くなる。
「あの子を見つけ出すまで戻ってきちゃダメよ!」
既に門の外へと出ようとしていた彼は私に手を振った。
「分かってますよ!」
そうやってサーラが旅だってから…10年。
心にざわめく物を感じて、ここ数日はずっとエルディアに入り浸り。
「フェリア…帰らないと父君たちが心配するぞ」
エアトルがそう言っても、絶対に帰りたくない。
「どうしてそこまで帰りたがらないのか不思議でならないな」
「女の感」
「え?」
私の答えに目を丸くする彼。
「…もうすぐ何か起きそうな気がするの」
その言葉に彼は少なからず真剣な表情になった。
「何かって・・・一体何が起こるって言うんだ?」
「それは分からないんだけど…」
分かれば、ずっとここにいようなんて考えないわ。
「ふむ…」
ゴンゴン!!
コンコンを通り越して殴りつけるようなノックの音が鳴り響く。
「もう少し静かにノック出来んのか?」
愚痴りながら、開けようと扉に手をかけ…
「お伝えします!!」
「ぶっ!!」
がつんと鈍い音。
「だ、大丈夫っ?」
慌てて駆け寄ってみれば、思いっきり打ちつけたらしい鼻を押さえたエアトルは涙目。
「し…失礼を」
「構わん、それで、一体、何だ」
痛みのせいか切れ切れの言葉で尋ねる彼。
もしかすると、怒りを抑えているからかもしれないけれど…
「は、はいっ!!!それが、姫様が…うわっ!!」
最後まで聞かずに、伝えに来た人を弾き飛ばして部屋を飛び出すエアトル。
私も彼を追いかけて駆け出した。
ノックの音、こっちが開けるのも待てずに開けたという事実に加えて“姫様”という言葉。
これらが示すのは…
「トラップ…!」
笑顔のフェイルスのすぐ横、赤い髪の少女が立っていた。
「…えぇ?」
思いっきり抱きしめたエアトルに目を白黒させている。
「帰ってきたんだな…本当に」
「ちょ…ちょっと」
ぺちぺちと背中を叩くのに気付いて、彼は彼女を開放する。
「ずっと…待ってたんだからな」
じ〜っと怪訝そうな表情でエアトルを見つめる彼女。
もしかして…まだ、記憶が戻ってないのかしら・・・
「サーラ、ありがとう」
その表情に気付いているのかいないのか、彼はサーラに微笑みかける。
「いえ…思った程苦労はしませんでしたから…」
旅立つ前と同じ笑みをたたえるサーラを腕を組んで睨み付けるトラップ。
この表情は…“言いたい事があるけど黙っておいてやるわ”って感じ。
改めて彼女に向き直ったエアトルは、今までから一転して苦悩の表情を浮かべる。
「トラップ…君は、私の事を恨んではないか?」
目を瞬かせて彼女は言った。
「ちょっと待ってよ、あなた・・・誰…だっけ?」
ようやく合点がいったという表情のエアトル。
「そうか…まだ記憶を失ってるんだな。
私は、君の兄…エアトル・W・F・ジーラ」
その後、少し考えて“その他の事はじきに思い出す事だとは思うけれど”と付け加えた。
兄だと言われて考え込んだトラップ。
こっちに彼女が分かっても…向こうには私達が分からないのよね…
ぎゅっと手を握って色々と思っていると、エアトルが剣呑な声でサーラに訊ねた。
「…ところで…そこにいる者たちの中に、人間も混じっている様だけれど…」
そう、サーラが連れてきたのはトラップ1人じゃなくて、あの時に飛ばされた8人全員。
「はい」
「人間のした事は…サーラもよく知っているだろう?」
平然とした答えに苛立ちが隠せない様子の彼。
彼らのやり取りで、何かに気付いたらしいトラップが後ろのみんなをかばう様に立ちはだかった。
「ちょっと待ちなさいよ。私の仲間まで捕まえようって言うんじゃないでしょうね」
怒りを多分に含んだ彼女の声に、エルディアに戻る前…私の所へやってきた時と同じ冷たい声で答えるエアトル。
「そのつもりなのだがな」
「そんな事私が許さない!」
燃えるような瞳でエアトルを睨み付ける。
それに対して悲しげな表情で見つめる彼。
「…すまない」
直後に前のめりに倒れる彼女を抱きとめ、エアトルは叫んだ。
「そこの人間たちを捕らえろ!」
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