最終戦前、2人の治癒のためにとってある休憩時間。
フォルクが試合会場を睨み付けて呟いた。
「ソルティーとサーラ…
私としてはソルティーを押したい所ですけどね」
口調が不機嫌そうなのは…気のせいじゃないよね。
「フォル…何でそこまでサーラを毛嫌いしてるんだ?」
言葉に含まれた刺に気付いたのか、エアトルも問いかける。
「毛嫌い?そんな事はありませんよ」
…嘘だぁ
私の視線を受けて、肩をすくめた彼。
「“毛嫌い”は意味もなく嫌う事、私の場合は理由があるんですよ」
笑みさえ浮かべてしれっと言った後は、つんっと横を向いて黙り込む。
…あちゃ…もしかしてフォルク…
王位継承権がトラップに移る前から彼女の相手はフォルクだって言われていて、今もそれが主流。
でも、感のいい彼はうすうすサーラの事に気付いててもおかしくない訳で…それなら理由があるって言うのも納得。
「どっちが勝つか分からんが…お互い全力を出す事は目に見えてるな」
エアトルが頬杖をついてぼんやりと空を見上げる。
気の抜け切った表情で、かなり退屈している事がよく分かる。
元々、こういったことには興味無いから仕方ないかな。
試合開始間際になって2人は試合場に出てくる。
2人とも手にしているのは剣。
腕力では間違いなくソルティーの方が上だけど、スピードはきっとサーラが上。
「よっしゃ、後1戦、気合入れていくか」
そう言ってぶんぶんと腕を振り回すソルティーとは対照的に静かに佇むサーラ。
「本当にどっちが勝ってもおかしくないよね」
タイプの違う2人だから最終的にどっちが上とは言えないし。
そう思って言った事なんだけど…
「いや、ソルティーの負けだ」
不意に声がしてそっちを見ると、フェイルスが立っていた。
「もう大丈夫なのか?」
そう言って立ち上がろうとするエアトルを手で制した彼は軽く頭を振る。
「まだ少しくらくらするけれど…大したことはないです」
“ソルティーのやつ…とんだ隠し玉だ”
ぼそっと毒づいて、言葉を続けた。
「ソルティーが今さっき使ったあれでかなり身体に来ているはず。
あいつがいくら頑丈だと言っても、封印されている物を無理に使って反動が来ないはずはないですからね」
始まった試合を見てみると確かにソルティーの動きが…攻撃を受けるのがやっとって感じで余裕が見られない。
サーラもその事に気付いたのか、切り返す早さを幾分落としている。
「受けるのが手一杯って感じですね…
治癒を受けても先ほどの召喚が堪えているのですか」
サーラの問いに、ソルティーは唇をぺろりと一舐め。
「けっ、あれ1回ぐらいでへばるかよ。
お前も手加減なんかしねぇで本気でかかってきやがれ」
そう言って今まで押されていたのが嘘の様に猛反撃。
少し後ろに押し戻されたサーラは、ソルティーが突っ込んでくるのを飛んでかわす。
「逃げてばかりじゃぁ面白くねぇだろうが!」
そう叫んで繰り出された大振りの一撃をサーラは剣で押し留める。
一歩踏みこんだソルティーとサーラの剣が強い力で押しつけられて、キシキシと耳障りな音を立てている。
「どうだ、本気になったか」
と…そこで、サーラが左手を剣から離した。
剣を受ける右腕がすっと動き、片膝をついた状態から、剣を滑らせ立ちあがった彼はくるっと身を翻す。
思いっきり力を入れていたソルティーはそのまま勢いで突っ込んで転びかける。
けれど、左腕で地を押して体勢を立てなおし、目の前まで迫っていた刃を受けとめた。
「ふぃ…危ねぇ〜魔法騎士団の連中が小細工好みだって事忘れてた」
「お前が単純なだけだろうが」
後ろでフェイルスが鋭い口調で言い放つ。
それは魔法騎士団が…というよりもフェイルスの好みのような。
思うだけで口にはしないけれど。
「どうせ、この試合で終わりなんですから…」
そう言ったサーラは目をすっと細めて、何も持たない左手で宙を切った。
現れたのは剣の形をした光。
「魔力剣かよ…めんどくせーもん出してきたなぁ…」
使用者の意思によって、いくらでも形を変えるこの武器は使いようによってはとても役に立つって言うんだけど…
実際に使っている人を見たのは初めて。
「あいつ…両利きだったか?」
フォルクの言葉にフェイルスが答える。
「いや、左手で扱ってるのは初めて見た」
「…ソルティーに引き続いてサーラも隠し技か…面白いじゃないか」
「今まで隠してるあたりどちらも腹黒いだけでしょ」
にこりともせずにエアトルが言うのに、フォルクが言い捨てる。
場内へと視線を戻すと、ソルティーはどうしようか迷っている様子で鼻の頭を引っかいている。
「しゃぁねぇなぁ…ちぃと疲れてるんだけど」
愚痴をこぼす様に呟いて、ぶつぶつと何事かを唱え始めた。
呪文が完成する前の瞬間を狙って、サーラが地を蹴りソルティーに迫る。
にやり…
ソルティーが引っかかったと言わんばかりの笑みを浮かべた。
目の前にまで来たサーラの剣に左手を振り下ろし、硬い音と共に普通の剣を完全に止めた。
素手では無く…サーラが左手に持つ物と同じ光で。
「お前だけだと思ったら大間違い。オレも使えねぇ事ないんだわ」
驚くサーラに嬉しそうなソルティー。
「こんな事も出来るんだよな」
くるんっと手首を回したかと思えば、その光が剣に絡みついた。
そのまま力任せに宙へ腕を振り上げ、弾き飛ばす。
「もう少し本気出せよ…こんなもんじゃねぇだろ?」
「そうですね。少し、甘く見ていたようです」
武器を失った右手にも光の剣を出して、ソルティーを睨み付ける。
「そうこなくっちゃ面白くねぇ」
無造作に振るわれた左手から奇妙なほどに伸びる光はサーラの足を狙う。
それを後ろに飛んで避けた彼は、軽く呪文を唱えてソルティーの懐に飛びこんだ。
右手の剣で光の剣を受けとめて、ソルティーは持ち前の腕力で思いっきり跳ね飛ばす。
目まぐるしく変わる展開に、息をするのも忘れそうになってしまって…
少しでも目を離せば、勝負がついているかもしれないと感じて2人から目が離せない。
力で捻じ伏せようとするソルティーと緩急自在の技で隙をつこうとするサーラ。
「もうちっと頑張れば剣だけでもオレを越えられるぞ!」
「それは光栄ですねっ!」
大声で言いあっているあたり、きっと余裕が無いんだわ…
2人とも両手の剣をお互いの無防備そうなところを狙って叩きこもうとしている。
「…あいつら化け物か」
魔法専門のフェイルスがげんなりした声で言った。
「あなたに体力が無いだけでしょう」
「まぁ…うちに所属してたあいつをソルティーが引っ張りまわしてたから当然か…」
フォルクの言葉に少なからず腹立たしげな口調のフェイルス。
「あぁ、もう静かにしていろ」
エアトルが不機嫌を隠そうともしないで言った。
戦いその物には興味が無くても、魔力剣の使い方には興味津々みたい。
そういう私も試合からは絶対に目を離してないんだけどね。
バチンッ!!!
負荷に耐えられなくなったのか、音がなると同時にソルティーの魔力剣が消える。
「う゛げぇっ」
かえるが潰れたような声を出して、普通の剣でサーラの第1打を弾き返したソルティー。
もう一方の剣はギリギリのところで避けた。
新しく魔力剣を出す気配はないってことは…精神力切れ…ってこと?
どっちにしてもこの好機を見逃すはずも無く、サーラは鋭い太刀筋で切り込んでいく。
2振りの剣から放たれる照り返しが残像となって目に映る。
それがぴたりと止まったのは…ソルティーの喉元と心臓の上。
「はぁ…オレの負け。降参」
両手を上げて、苦笑いのソルティー。
新たな騎士団長の誕生に歓声が上がり、一部は2人のいる場内になだれ込んだ。
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