「フェリア…?」
ぼんやりと視線を泳がせていた彼の目が私に向けられた。
「大丈夫よ、もう収まったから」
「収まった…」
私の言葉をかみ締めるように繰り返した彼は不意に私の腕を取った。
「えっ?何?」
かなりしっかりした視線の先にあったのはカマイタチでパックリと裂けた傷。
「すまない…傷つけてしまったな」
「あ…ううん。気にしないで、大した事ないから」
それでも彼はその手を外そうとせずに、傷を一つ一つ確かめるように見て行く。
「こんなに傷つけて…一体何をしてるんだろうな、私は…」
最後に肩口の傷を見た彼は、深く溜息をつく。
「本当に大丈夫だから…」
言いかけたのをさえぎるようにエアトルがぽそっと呟いた。
「傷の手当てをしないとな」
そのまますっと立ち上がった彼に目を疑う。
エスナメルティ=ファーランドは“しばらくまともに動けない”って言ってたのに…!
「ちょ…ちょちょっと、エアトル。動いて大丈夫なの?」
普段と変わらない様子で振り返った彼は「大丈夫だ」と答える。
「少し眠いだけで、大した事はない。
それよりも…あれはどこにしまったかな」
そう呟いて彼は隣の部屋へと向かう。
「あぁあ…これは酷いな…」
小さく聞こえる彼の呟き。
さっきはあまり見なかったけれど、相当荒れているはず。
「片付けようか?」
そっちの方へと行ってみると、エアトルが何か呟いている。
あまりにも小さくて、何を言っているのかは聞き取れないけれど、呪文のような気がする。
「戻れ」
最後だけは、普通に喋った…
と思ったら風であちらこちらに散らばっていた物が片付いていく。
「ふむ…大した物は壊れてなさそうだな」
綺麗に物が収まったところで部屋の隅に出来た小さな山をチラッと見やって、その隣にある棚の中から箱を取り出す。
「ほら、しばらくこれを着けているといい」
取り出したのは、細工の細かい指輪。
緩やかな曲線を描く銀に、エメラルドがはめ込まれている。
「これって、何?」
「ヒールリングだ。
魔法と違って劇的な回復力がない代わりに身体の負担も少ない」
「ふぅん…便利な物があるんだね」
スポっと指にはめてみる。
「あ。ぴったり」
左手薬指へ綺麗に収まったその指輪を陽にかざしてじっくり見つめてみる。
「ねぇ、エアトル。これ…くれない?」
振り向きもせずにあっさり「構わないよ」と言った彼はそのまま私室へと戻り、寝台に倒れこむ。
「大丈夫…?」
な訳ないわよね…
だって、本当ならまともに動けないはずなんだもの。
私の問いに答えず、彼はぽつりぽつり言葉をつむぐ。
「どうして、私はこんな力を持って生まれたんだろうな。
それに…なぜ、この国の王家なんかに生まれたんだろうか…」
『せめて他の国であれば、この力からは逃れられたのかもしれないのに…』
そう呟く彼の背中が痛々しい。
「私は…この力で一つの土地を使いものにならなくしてるんだ。
今だって、君を傷つけたのに癒すことすら出来ない」
水の申し子…生命の聖女と違って他の申し子は癒しの術を持たない。
「祝福も災厄も与えるだけ与えておいて、それを無に返す事が出来ないなんて、最悪だ」
“トラップがいれば…”
口には出さなくても、そう考えているのが手にとるように分かる。
「ねぇ…エアトル…持って生まれてしまった力を悔やんでも仕方ないわ」
“もし彼が申し子でなければ”なんて今となっては考えられない。
だって、その力がなければ、今の彼はきっと別人の様だったと思うし…
「それに…私、本当は悔しいんだよ」
幼馴染のトラップもフォルクも…みんな同じ力を持っているのに私だけが持っていない。
今回だって、祈るだけで何も出来なかった。
私に力があれば…と思う事は山ほどあって、
力を持った彼が力がなければなんて言うのは、そんな私の考えを否定するのと同じ。
ずっと思っていたことを伝えると彼は、
「…悪かった」
とポツリ。
「今のところ…風の力を持つのは私だけだ。
おばあ様がいなくなり水の力が欠けた上に、私までもがこの力を放棄しようとすれば何が起こるか分からん。
…出来る限りのことはしていこう」
ため息混じりの言葉だったけれど、確かに今までと違う何かを感じて、心が安らぐのを感じる。
「ねぇ…前から聞こうと思ってた事があるんだけど…」
問いかけに返事が無くて、顔を覗き込むと彼は再び眠り込んでいた。
やっぱり、平気なフリをしていただけなんだ…
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