エアトルが戻ってきた次の日…思いもよらない知らせが届いた。
『エルディアの王子が王国中にいる人間を排除するように命令した』
あまりのことに目の前が暗くなる。
そんなことをしても全てが元に戻るわけでもないのに!
そう言いかけて、昨夜の彼を思い出す。
感情全てを封じ込めたような冷たく底暗い瞳に私は恐怖すらした…
あれから彼はエルディアで全てを知ったのに違いない。
サーラが言うように、人間たちがやったことも…
「けれど…間違ってるわ」
手を握り締めて呟く。
「行かなきゃ…エルディアに」
でも、あの瞳の彼に対峙するだけの勇気が持てない。
思い出すだけでも周囲の空気すら肌寒く感じる…
それでも、私は行かなくてはならない。
トラップに代わって彼を止めるために…
決意して次の朝早くエルディアに行こうと準備していたその夜、昨日と同じようにガラスを叩く音が響く。
「エアトル…?」
緊張して高鳴る胸を押さえてそこを開くと、待っていたのは彼では無くエルアラ様。
「え…っ?」
エルアラ様は優しく微笑んで『ごめんなさいね』と私を抱き寄せた。
「昨日…あの子…ジーラが来たでしょう。
怖い思いをさせたんじゃないかって気になって…」
その言葉に私は首を横に振った。
「そんなこと…
それよりも、エアトルは…?」
私の問いにエルアラ様は悲しそうに目を伏せる。
「あの子は、心を閉ざして全てを憎もうとしているわ。
“人間がいなければ”とそれだけを思って、関係の無い人まで…」
侵入者たちをたやすく無力化させていた時の姿と違って、今のエルアラ様は悲しみに暮れるただの女性にしか見えない。
『申し子といえど、力が無ければただの人。
申し子としての私よりも、ただの領主としての私を見ていて欲しいものだけどね』
そう言って笑っていたフォルクを思い出す。
彼もトラップがいなくなって打ちひしがれていた一人だけれど、あの争いの後でラーガイアを継ぎ、今や立派な領主様。
その言葉通り、今のラーガイアは王都に並び立つまでの成長を遂げた…
それぞれの持てる力で全力を尽くすのはいいことだけど、それを間違った方向へ向けるのはやっぱりよくない。
エアトルには絶対に明日会わなきゃ…
そんなことを考えていた私にエルアラ様がそっと言った。
「あなたにはジーラの支えになって欲しいの」
見上げる私にエルアラ様は淡々と続ける。
「…運命の歯車を回したのは私かもしれないわ。
ジーラに人間のことを教えたのは私だし、トラップに冒険者のことを教えたのも私…」
でも、後悔はしてない。
そう呟くエルアラ様の瞳はかつてのエアトルと同じ、強い意思を持った光があった。
「今から私は、すべての事態の収拾に向かうわ。
だから…あなたはあの子の支えになってあげて」
決意を秘めた言葉に嫌な予感がする。
「事態の収拾って…どういうことですか」
エルアラ様はそっと私を離して、一歩二歩と退く。
「トラップは帰ってくる。私には分かるの…
そのために、私にはやらなくてはならないことがあるのよ」
手を伸ばした私の目の前で、エルアラ様の姿がきらめく光と共にかき消える。
くれぐれもあの子をお願い…
その言葉だけが風に乗って私に届いた。
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