更に数日が経って、トラップとエディア・ルディアの2王女とが試練に旅立つ日が来た。
私もその儀式に立ち会うために正式な訪問者としてエルディアへと来ていた。
トラップと2王女とは3ヶ国が元々ひとつの国だったということもあって、親しげに話をしている。
私も2人の事を知らないわけじゃないんだけど…
「あ…フェリア」
トラップが気がついて2人に『また後でね』と言ってこっちにやってきた。
「とうとう、だね」
「うん…そうだね。とうとう…だね」
何か含みがあるように、呟く彼女に何だか不安になってくる。
「ねぇ…やっぱり…行くの?」
つい聞いてしまうと、トラップはこくっと頷いた。
「もう、決めた事だしね。
いまさらやめるって言っても戻れないところまで来てるし…」
ついっと彼女が向けた視線の先にはサーラ。
「待っててくれるって言うんだもの。頑張らなくちゃ」
そうして、ゲートを開くための準備が整うまで私たちは取り留めのない事を話しつづけた。
まだお互いが自分の役割をまるで知らなかった幼い頃に戻った気がした…
「姫様…」
眼鏡をかけた男性がトラップに声をかけた。
「あぁ、もう時間なのね」
何気なく答えるその声は、遊びに出かけていた子供が、家に帰る時間になって残念がっているように聞こえる。
実際には何年間かこの世界から姿を消す彼女。
次に戻ってくる時には、きっといろいろな意味で今の彼女とは違ってるんだろうな…
そう思うと寂しくなるよね。
「行ってくるね」
笑いかけた彼女は『これ、後で読んで』と手紙を一通、私に残して行ってしまう。
「トラップ…頑張ってね」
「うん!」
2王女のほうへと駆け寄る彼女の姿はとても晴れやかで輝いて見えた。
儀式が始まる。
紫の月明かりを受けて、魔法陣はうっすらと輝く。
ゲートを開くのはエルアラ様とセルフィア様とメイアセーデ様。
それぞれトラップとエディア・ルディアの王女の祖母に当たる人物。
水の申し子と星の巫女と天の守護者…それぞれが実力ある魔法使いであるという事はみんなの認めるところ。
失敗なんて起こるはずもないと、私たちは安心しきっていた。
でも、それは何もなければの話で…
「あいつを行かせるな!!」
そう叫んで、室内に乱入してきた人間たちがゲートを開きかけていた魔法陣に殺到した時の事までは保証していない。
「来ちゃダメよ!」
トラップが叫んで、彼らを押しとどめようとする。
もちろんその場にいたみんなも止めにかかるけれど、彼らを防ぎきれない。
呪文はもう止められない。
ここまで完成した魔法を止めようとすれば…
3人のつむぎ出した強大な魔力が暴走して周囲にいるすべての者に対して、命の保証が出来ない。
「お前、あんなに嫌がってたじゃねぇか!」
青い髪の男性がそのまま魔法陣に突っ込んだのを始めに、次々と飛び込む人間たち。
「リル!彼らを連れ戻して!早く!」
エディアの宮廷占い師であるフェイア様が叫び、魔力の暴走に備えてすばやく結界を張る。
飛び出したリル…彼女が人間たちを跳ね飛ばそうと魔法を唱えかけたときにゲートは開いた…
一瞬で消える8人。
試練を受けるべき3人と飛び込んだ人間4人…それにリル。
許容範囲を遥かに超えた人数を転送させた場合にはどうなるんだろう…
きっと誰もがそう考えてるんだと思う。
その場に居合わせたすべての人たちが、焼き切れた魔法陣を見つめて黙り込んでいる。
「母上…」
トラップのお父様ががくんと膝をついたエルアラ様を助け起こし、呪縛が解けたように凍り付いていた時が動き出す。
「姫様は…」
サーラの呆然とした呟きに、すぐ隣にいたフェイルスは静かに首を振る。
どうして…?
「どうして、あの子ばっかりこんな目に会うのよっ!」
答えなさいよ、デュエルにシャティナ!
あなたたちがこの世界を作って運命を決めてるとするなら、どうして彼女ばかりひどい目に合わせるのよ!
私の叫びに天窓から見える二つの月は何の答えも返さない……
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