そうだなぁ。来たばかりの頃といえば基本的には礼儀正しいし、口調も大抵は穏やか。
見た目も、他の騎士団連中に埋もれるような細身だったから、女受けもよかったっけ。
だけど、邪魔なもんには容赦なかったぜ。気付いた奴は少ないんだろうけどな。
――――エルディア王国精霊騎士団長 ソルティー=ドッグ
*
騎士団の試験に来たそいつは、最初から例外続きの奴だった。
何せ、連れてきたのが王妃エルアラ。
元女王の御方は夫を迎え、更には完全に王位を退いた今でも、王との二頭統治でこの国の顕然たる主。
そんな人物が連れてきたのだから、試験官役の騎士たちも張り切る張り切る。中でも強い5人、首をそろえてきやがった。
…わけだけど、本人を目にした途端、全員が目を丸くした。
ま、かくいうオレも驚いた1人。ってか、一番驚いたのはオレかも知れねぇな。
「冗談だろ…」
うめくオレに、王妃は極上の笑みで笑いかけた。
「どうしたの?」
“どうしたのじゃねーって!どうしてこんなそっくりな奴連れてくんだよ!”
内心叫んだオレは、今の自分の立場も忘れて、ついつい憮然とした表情になっちまう。
そいつは、雰囲気とぱっと見た時の色彩ってのが、ある人物にそっくりだった。
それは誰かというと…本当につい最近亡くなられた、王子の嫁さん。つまりは王妃にとって義理の娘。
王子が銀髪翠眼なのに対して、その人は金髪碧眼。結婚当時は金と銀の婚姻とも言われたもんだ。
“こんなん心臓に悪い。悪過ぎる”
そりゃ、じっくり見ると、顔は作りも違うし、似てると思った髪だってこんなにくすんでなかった。
もし違ってなければ、きっとガキどもが心配で化けて出たと、オレは思うぜ。何せ、すげぇ優しい人だったからな。
―なんて考えて、気を落ちつかせようとするオレからちょいと離れた真正面、
肩より少々低い位置にある頭を見下ろした1人が言った。
「あの、陛下。本当に…この子が試験を…?」
「えぇ。そうよ」
この王妃は騎士団の人事に首を突っ込むのが好きらしい。
自分で言うのも何だけど、オレが副団長に推された時も、何でこんなのをって言われたしな。
“って。何か、こいつに仲間意識沸いてくるよな…”
「しょ・・・少々待っていただけますか。その。私にはこの子が…」
さっき質問した奴(魔法騎士団のだから名前は知らない)が自分を落ちつけるように、
一字一句区切るように言おうとした横で、別の1人が思いっきりぶちまけた。
「少女ではありませんか!」
“あ〜そうか。こいつらは、見たことがほとんどないんだよな”
そこでようやく、オレとこいつらの驚く理由が違っていた事に気付いた。
身体が丈夫でなかったから、出歩く事もあまりなかったし、金髪碧眼と言うだけなら、いくらでもゴロゴロしているこの世界。
面識がなければ、顔を合わせた瞬間に気付いて驚くわけもないか。
って、オレが面識ある理由?
そりゃ、王子夫妻の間に生まれたお子様方の、遊び相手をするお役目を賜っているからだ。
ちなみに上は悪ガキで、つい先日にもフェイルスが叫んでやがった。
『私の本を何度持ち出せば、気が済むんですか!』
…すっげぇ楽しいけどな。
まぁ、それはさておいて、憤る試験官に王妃は言った。
「この子は男の子よ」
“一体年いくつだ、これ”
思ったオレの表情を読んだのか、間髪入れずにむっとした顔になるそいつ。
“うわ、おっかねぇ”
この手のタイプはオレ、かちあうだけに苦手かもしれねぇけど…
「ま、気にすんな。結局の所、その腕で勝負なんだからな」
ぽんぽんと肩を叩くと、そいつはあっさり頷いた。
“おお!?意外に素直なのか?”なんて、オレは思わずニヤっとした。
…けど、これがよくなかった。
「じゃ、後はよろしくね」
入ってきた時から終始続いていた笑顔がこちらへと向いた。
「は?」
間抜けな事に、オレはそれしか言えない。
「だから、後はお願い」
にこにこと微笑む顔に、猫の皮を被せたらちょうどよさそうな―
あぁあ、現実逃避してる場合じゃねーだろ。
「ちょ、ちょっと。オレは…」
『“後は”って、まだまだこじれ気味の所で、そりゃねーだろ!』
他に誰もいなけりゃ間違いなくそう叫んでる…ところなんだけど、生憎ここにいるのはオレたちの他に6人。
「お願いね?」
更に念を押されて、オレは仕方なしに頷いた。
「…はい」
*
1度目は手加減をしていた、2度目の今度は本気で打ちこんだのだろう。
くるりと剣が翻った瞬間には、半ばやけとばかりに一斉に飛び掛った5人は、地に伏せてうめいていた。
“あーぁ…だから止めとけって言ったのに”
刃が潰してあるから切れはしない。けれど、本気で打ちこまれれば痛い物は痛てぇって。
この少し前、始まった試験は1人ずつかかったら、どいつもこいつもあっという間にひっくり返された。
騎士団の中でもまぁまぁ使えるって自負のあるやつらだけに、
5人揃って「もう一度」と言ったのに、あちらさんはこう返してきやがった。
「同じではつまらないですから、今度は1人でなく、2人ぐらいでかかってこられてはいかがでしょう?」
まぁ、こう言われりゃ頭に来るわな。
だが、ここで気をつけなきゃならないのが、相手の力量。
このくそ生意気な奴の長鼻を折ってやれとばかりに、「全員でかかる」と息巻く彼らへ、オレは忠告した。
「やめとけ、お前たちじゃ相手にならねぇ」
聞くわけはないと思ったけれど、言わないでいるのも何となく不親切ってなもんだし、
後になって“言っておけばよかったなぁ”なんて思うのも嫌だし。
で、このザマだっての。
…1人でダメなら5人でって辺りが、もうすでに負けてるわな。
「…っ」
悔しげな5人はとりあえず放っておくことにして、オレはそいつの前に立った。
にこりと笑ったところを狙って、思いっきり蹴り上げようとすると、あっという間に後ろへ飛びのいた。
“おぉ〜。素早い素早い。軽業師も真っ青ってぐらいだな”
「やっぱな。お前、ヘイストかけてたろ」
「魔法もありだとのお話でしたから。あまりに手を抜く事も失礼ですしね」
しれっと言い放つ辺り、中身はオレの相棒ともいえるあいつと似ている。
“って、この外見に、フェイルスの中身かよ。最悪だろそれ”
“見た目に騙されたらいけない”の生きた例が、目の前に現れたってなもんだぜ。
…あんまり、出会いたくない例だなぁ。どうせなら、見た目怖くて中身は優しいってな例だったらいいのによ。
「お前、魔法騎士団な。予備動作なしにやれるって事は、そっちの方が得意だろ」
試験官とのやり取りだけじゃ短すぎて、どっちか決められねぇ。
客観的に見ていたオレでさえこれなんだから、そこで転がってる5人にはもっと…
直接試験すれば…という気もするけど、こいつはオレんとこで解けこめるタイプじゃねぇ。
いや。曲者揃いのあっちの方が、ぴったり性に合うってもんだ。
ぶっちゃけ、こいつの腕は向こうにやるのはもったいない。
もったいないけど、こいつの特性はきっと魔法騎士向き。ルールに従って、仕方なくあっちにやるんだ。
「仕方なく、な」
自分で言っててなんだけど、すっげぇ空々しいな、これ。
「はい?」
「あ。いや、こっちの話。でさ、お前の腕、あっちで埋もれさせるのもったいねぇから、今度からはオレが相手してやるよ」
そのついでに、この5人が叩きこみそびれた、新入団員の心得を叩きこんでやろう。
見所のありそうなやつを鍛える事。これが、オレの楽しみと言っちゃぁ楽しみだったりするわけだ。
“…面倒な所は全部フェイのやつに押し付けてさ”
*
「で…あなたはたびたび連れ出すわけですか」
酒の入ったカップを片手に陰険…じゃない、剣呑な目を向けるのは、その魔法騎士団の団長。
「だってよ、お前ももったいないと思うだろ、あれ」
こうだぞ、こう!と身振り手振りを交えて言うと、ため息が返って来た。
「それなら最初からそっちに入れればいいだけの話でしょう。あの時の決定権はあなたにあったのだから」
「オレんとこじゃチームワーク乱れるし。現にうまくいってるじゃねーかよ」
ぺしん!
「それは、私が、皆に、近々、メルティの、守護、騎士を、決める、からと、言い、含めて、いる、から!」
言葉をぶちんぶちん切りながら、オレの額を平手でべしべし叩くフェイルス。
「ホント、いい音しますね。あなたの頭は」
嫌味ったらしく言い捨てる辺りで、やっぱりあいつは向こうにやって正解だったと思う。
毒には毒でもって制せ。
合わさって強力にならない事だけは祈るぜ、オレは。
「ふん。いいのかぁ?そんな嘘ついて」
「なら、個人的に面白がって、ちょっかいをかけてるだけと素直に言えと?」
面白いのは確かだけど。オレ、あいつがへたくそなら見向きもしなかったぞ。
「…そりゃ困る」
「それに、今ならまんざら嘘でもないでしょう。1年…短いながらも色々学んだようですしね」
「先輩風吹かせやがって。あいつの年、お前と20しかかわらねーぞ」
自分で言って、奇妙な感覚に襲われた。
フェイと20しか変わらないということは、オレと30しか変わらないって事。
“…どう見てもそうは見えねぇ”
考え込むオレに、フェイルスが何か思いついたとばかりに、ニヤリと笑って言った。
「賭けましょうか?」
「ぉ?」
「我々の間でも疑問の声があがってるんですよ。もしかしたら、女性かもしれないってね」
「…まさか!」
そう言いつつ、納得出来ない話でもねぇ。
初めは見間違えたし、同年代のオレたちと比べてあまりにも体格に差もある。
それと――
「本来、森の中で暮らす我々が身を守るために、肌をさらす事を好まないにしても、彼のは行きすぎている」
「………乗った!」
指を鳴らして答えると、フェイルスは一瞬の間もなく言った。
「私は女性にかけます。女性ならなおの事、メルティの守護騎士に引き込むのに都合がいいですからね」
そりゃ、まぁ女のほうがいいわな。色々と…って
「おい!こっちの意見は無視か!」
吠えるオレにフェイの奴は、鼻で笑って付け加えた。
「早い者勝ち」
*
「妙な事になったな…」
ぶつくさ言いながら、オレは真偽を確かめに廊下を歩いていた。
「この場合、男性であると賭けたあなたが確かめに行くべきでしょう」
「はぁ!?」
「だって、もし女性であると賭けていて、本当に女性なら大問題ですよ」
「ちょっと待て!そんなのありか!」
「上だけ引っぺがせばいいでしょ。男同士なら、見ても問題なし」
「もし女だったらどうするんだよ!」
「その時はその時。さぁ、行ってらっしゃい」
こんな―部屋から出てくる直線の会話を思い出して、オレはうめいた。
「こんちくしょう…もし、ひっぱたかれたら恨んでやる」
半ば乱暴に扉を叩いて名乗ると、中から見なれた顔が出て来た。
「どうしたんですか、こんな時間に」
きっちり起きていたらしく、中からは明るい光が漏れている。
“勉強もいいけど、ちゃんと休めよな”
そう言いたいのを飲み込んで、オレはここに来た理由を言った。
「いや、フェイの奴とちょっとした賭けを…中入ってもいいか?」
“賭け”と聞いた瞬間に、嫌そうな表情をしてみせたサーラはしぶしぶ頷いた。
「お前…男…だよな?」
扉が閉まると同時に訊ねると、速攻で「はぁー…」と長いため息が聞こえた。
「またですか…」
「また!?オレ以外にも誰か聞きに来たのか!」
「19人目です」
…そんなに女らしく見えるのかな…
小さく呟いて、がっくりする様子にオレは苦笑い。
“やっぱ違うよな。そうだよな。ってか、もう18人も聞きに来てるのかよ。すっげぇ暇してんなぁ”
同じ事をやっている自分は―この際だ。棚に上げておく。
「お前、年の割に小さいからなぁ…それに、ほら。いつも着込んで、隠してるように見えるしな」
「あぁ…それで…」
薄く笑って、サーラは「まぁいいか」と呟いた。
「へ?」
「私が、肌を見せないのにも理由があるんです。知りたいですか?」
知りたいような、知りたくないような。
ってか、実は女でしたってオチだったら、オレ、嫌だぞ。賭けに負けるし―
悩むオレに、サーラは「どうします?」と、もう一度問い掛けてきた。
「なぁ。お前さ。本当に女だったりしないよな。それで、知りたいって言った瞬間にひっぱたいたり―」
「します」
「ぎゃー!」
叫んで、数歩下がったオレを、サーラは憐れむような目で見た。
「…そんなに、女性が苦手なんですか?」
苦手じゃない。苦手じゃないっ!
「苦手じゃないけど、あいつに酒をおごるのは嫌だ!」
“ドワーフ並に飲むと言われてるんだぞ、あいつは!”
オレがぎゃーぎゃーわめくと、腕を組んだサーラはますます―
「なぁ、その目。オレ、小馬鹿にされてるような気がするんだけど」
オレの方が背丈あるから、見上げられてるんだけども、何か見下ろされてるような気分がしてならねぇ。
「こちらの話を聞かずに、よくここまで騒ぐものだと思っただけですけれど」
“…すげぇ可愛くねぇっ”
「まぁ、賭けに関しては、私はれっきとした男ですので、ご安心を」
「あ…そう」
つまり、賭けはオレの勝ちで、酒もオレのもん〜
あぁ、よかったよかった。
「…本当に、表情がくるくる変わる人ですね」
「オレって、自分の気持ちに素直に生きることにしてるから」
身体の寿命がない分、心が死んであの世行き―という事がエルフにはある。
オレはある誓いを立ててるから、らしくないとどんなに言われても、このスタイルを崩すつもりは、ない。
「で?男だってんなら、理由って何だよ。あ。単純に見られるのが嫌っての、気持ち悪いからやめてくれよ」
最後は冗談だったのに、サーラの奴は「それに近いですね」なんて、あっさり言いやがった。
「げ」
「正確には、見られた時に注目されそうなのが、嫌なんですけれど」
注目って言うと…何つーか、あれだ。
「ナルシスト?」
「…失礼な」
言いながら、ごくあっさりと片肌脱いだ肩口に見えるのは、無残な傷跡。
見せられた瞬間に、オレは“しまった”と思った。
あんまり触れちゃいけない部分、誰にも言わずに本当に隠して置きたい部分に、深入りしちまった気分。
いやいや、気分じゃなくて、完全にそうなっちまってるな。
「他人が見て、気持ちのいい物ではないでしょう?」
そう言って、すぐに戻したものの、一度見たら忘れられようもねぇ。
「本当は、残さず消すことも出来たんです。けれど―」
“この傷を作った出来事を忘れたくなかったので”と笑うもんだから、オレはますます罪悪感を覚えた。
「…悪かった」
「いいんです。ずっと隠し通せるわけもないでしょうし」
何があって、そんな傷を負ったのかは分からないけど、ただの好奇心で暴き出していいようなものじゃないはずだ。
誰にだって、秘密にして置きたい事はある。もちろん、オレにだってある。
“って、誰に言っても、信じてもらえそうにねーやな”
今じゃただの筋肉バカ扱いだしさぁ。ちゃんと考えてる所もあるってのによ。
その証拠に、オレはサーラにちょっとした提案をしてみた。
「どっちかって話が出たら、オレが言っといてやる。偶然見たけど男だった。
隠したがるのは、みんながジロジロ見るからだろってな」
ごく真面目に言ったのにも関わらず、ぷっと吹き出したかと思えば、笑い転げるサーラ。
「何がおかしいんだよ」
オレ、近頃にはものすごく珍しく、真面目な意見として言ったんだぞ。
「いえ。あなたに言われたら、しつこく疑問に思っていても納得するしかないんでしょうね、と思いまして」
「訓練から離れると、相変わらず生意気だなぁ」
身体をくの字に折って笑っている奴のぎゅっと鼻をつまむと、ぴたりと笑い声が止まった。
強く摘んでいるから、振り解くにはかなり痛いはず、かといって笑いは止まらないし、息をしなくては苦しい。
そんな狭間でもがいて、何とか笑いを押し込めたらしいサーラは、長い沈黙の後、口から思いっきり空気を吸った。
「―――ぷはっ!」
“何を…”と叫びそうなのを遮って、オレはあえて聞いてみた。
「お前さ、今でそれって事は…まだ成長期来てないだろ」
言い詰まったのに、やっぱりと納得。
来ていて、これだったら、いくらなんでも悲しいよな。
「じゃぁ、もうしばらくの辛抱だ。最悪、200年経てば…」
「後200…」
具体例を出したのはやぶへびだったかもな。
がくっと肩を落としたのに、慌てて言った。
「ま、まぁ。今のまんまでも、女に人気あるしさ、いいんじゃないか?」
言った瞬間にサーラが浮かべた曖昧な笑み。
それを「そんなのどうでもいい」という意味なんだろうって思っていた―かなり後になって、ある話を聞くまでは。
“天はニ物を与えず”という言葉が、どこぞにあるらしい。
長所があるかわりに欠点もある…という意味らしいんだけども、こいつ見てて、不公平さを感じるのはオレだけ?
ソルティーは、フェイルスと賭けをするのが大好きです。
しかも、賭ける物は必ず酒で、勝ったり負けたりを繰り返しています。
この後は、サーラが加わる事も多いのですが、あまり誘いたくないなと言うのが、だんだん2人の本音に―
“酒乱だから?”
いえいえ違います。ソルティーたちがザルと言われるのに対し、サーラは底なしの“ワク”だからです。
後に、ソルティーの持つ不公平感…それは賭けに負けた時の代償の大きさも1つ(笑
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