■ 懐かしき日々・番外編2〜騎士と姫とお兄さん? ■


 さくさく
 さくさくさくさくさくさく
 “誰かにつけられてる”
 草を踏む音が、後ろからもう一つ。
 半分走っている様なちょこまかとした音からして、相手はきっと子供。
 誰だか分からないけれど、“知らない大人についていっちゃいけない”という事を、教えてもらわなかったのか。
 そんな風に考えた私は、驚かしてやろうと思って、あえて足を早める事もなく木々の隙間に入り込んだ。

 私を捜してか、キョロキョロと辺りを見まわす小さな姿。
「何だ…思った以上に子供じゃないか」
 木の上から観察して“こんな幼い子を放っておくなんて”とため息をついた。
 私が人攫いだったら、とっとと捕まえて、今頃どこかに売り飛ばしている。
 そこまで考えたところで、ストンとそばに降りると、子供はびくっと震えて、来た道を慌てて駆け戻り始めた。
「ちょ、ちょっと…」
 私は怪しい人物じゃない―と言うのもあまり説得力がないな。
 思い直し、どう声をかけるか考えていると子供は見事に転んだ。
「あ…」
 盛大な泣き声が響き渡るんだろうなと、覚悟しながら近づいたものの、その様子は全くない。
 “結構我慢強い子なのかな?”
 思ったのも一瞬、ぴくりともしない体に、ただ転んだのではないと気付いて抱き起こすと、その子の身体は、異様に熱かった。

 王宮への一番の近道を、彼女を抱えて突っ切ろうとした私はまだ森の中にいた。
『この辺には“迷路”の魔法があちこちにかかっているから、急ぎの用でもきちんと道順を守る事』
 入団が決まって、最初に言われた注意がそれなのに、間抜けな事に、すっかり忘れてひっかかった。
 こうなると、最低1時間は出られないし、空を飛ぼうと何しようと何の役にもたたない。
「くそっ!」
 悪態をついても、道が分かるわけでもない。
 “王宮にさえ辿りつければ、あの方が何とかしてくださるはずなのに!”
 奥歯を噛みしめた私が、変わろうとしない周りの風景を睨んで、抜け出す方法を考えていると、
 小さく声を発した子供が、わずかに手を上げてある方向を指差した。
「あっちに出口が…?」
 答えはなく、力なく垂れた腕。急かされて、走った私の目の前に広がるのは、1年の間に見慣れた王宮ではなく…
 見上げてもそのてっぺんが見えない―ただ、ひたすらに巨大な樹だった。
「精霊樹…」
 溢れる樹液は水、生い茂る葉は風、育つ実は炎、支える根は地。堅牢な幹は闇、全てを内包する木肌は光―――
 そう言い伝えられ、物質界と精霊界の狭間にあるという伝説の樹が、その威容を誇っていた。
 “何故、ここにあると…”
 聞いたとしても、普通では考えられないほどに熱い身体で、浅い息を繰り返している彼女には、答えられるわけもない。
 それどころか、まだこうしていられる事自体が不思議なくらいで、今はわずかな時間ですら惜しかった。
「…我らが神、デュエルよ」
 徐々に弱まる呼吸――私が生まれて間もない頃、定められた守護神に呟いて、一つの賭けに出た。

   *

「何だ!」
 大事な“妹”を捜している最中に、いきなり弾けたメイズ。オレたちは顔を見合わせた。
「まさか…」
「メルティか!?」
 同じ結論にぶつかった瞬間、2人して迷いなく、その中心地へと向かった。
 魔法の解けた森に見えるのは、本来あるべき特殊な空間から、無防備にさらけ出された巨木。
 メルティを見つけたら、すぐに元へ戻さなくてはならない。
 “何が何でも守ってやるって決めたんだろうが”
 そう思うと、わずかにでも目を離した自分に舌打ちしたい気分になった。
「いたぞ!あそこだ!」
 いつもの口調で取り繕う事もなく、フェイルスが叫ぶ。
 指差す先には草の上に横たえられた幼子ともう1人、肩で息をする―
「サーラ!」
 降り立ったオレたちに、彼はメルティを抱き上げて言った。
「彼女を、お願いします…」
 渡し終えると同時に力の抜けた身体を支え、オレは、委ねられた方であるフェイルスに先に行けと目で示した。
 メルティに関しては、後はその祖母である王妃に託すのみ―オレたちが見つけた時点で、もう安心だと言ってもいい。
 オレが支えているこいつにしても、自我がある上で使った力が命まで奪う事は、そうそうないから大丈夫だろう。
 けれど、頷いた彼が一瞬で姿を消すのを見届けたオレは、この状況に深々とため息をついた。
「…無茶苦茶やりやがったな」
 オレの視線の先にあるのは、もちろん精霊樹だ。
 大いなる力を持つその木を、我が物にせんとする奴が大勢いる。そいつらから守るためにかけられた空間を歪める魔法。
 それがここまで見事にすっきり―
 とはいえ、いくらふんばったところで、サーラ程度のヤツが解ける代物でもなければ、そもそもここに辿り着けるはずもない。
 “つまり…”
 全ての思考が収まる所に収まった所で、ぐったりしているサーラを見た。
「でも、ま。ありがとよ」
 ともかくこいつのおかげで、オレたちはメルティを見つけ出す事が出来たんだ。
 ―その無茶ぶりへの苦笑は禁じえないけれど、な。
 右肩にサーラを担ぎ上げた後、オレは精霊樹に言った。
「解かせるような事になっちまって悪かったな。今…戻してやるから」
 メルティを助けるために、自らを守るための魔法を破る手助けをしてくれた精霊樹。
 “今度はこっちが助ける番だ”
 耳からピアスを外して、空へと浮かび上がると、担いでない方の手に集めた力に呟いた。
「“さぁ。覆い隠せ。ここにあるのはただの樹木。他には何もない”」
 みるみる歪んで周囲と同化していく樹を眺めていると、肩からうめき声が聞こえた。
 “まずい!”
 思うより先に、行動が早かった。
 幻を身にまとわせ、彼を部屋まで送り届けてから、外した物をさっさと付け直した。
 けれど、あの力を使った以上、しばらくの間はこの姿のままのはず。

 “これだから嫌なんだ。捨てたはずの物を拾い直すこの行為が…”

   *

 気がつくとそこは自分の部屋だった。
 “何でここに?”
「よぉ。起きたか」
 声と一緒にこちらへと歩いてくる足音が聞こえた。
「まだはっきり覚めてないな。ま、しゃぁない。あれだけでかい魔法をぶち破ってりゃなぁ…」
「魔法…」
 ようやく意識がはっきりしてきて、声の主が気を失う直前に見た副団長の1人だと分かった。
「彼女はどうなりましたか?」
「心配すんな。もうけろっとしてる。あぁ、何なら見にいくか?」
「えぇ」
 立ち上がろうとして、そのまま崩れそうになるのを支えられた。
 ギリギリまで魔力を使ったせいか、面白いように身体に力が入らない。
「すみません」
「なぁ、お前もうちょい休んどけ。メルティは後でオレがつれてきてやるから」
 ごく自然に呼ばれた名前。それだけで、目の前の人と彼女とが親しいと知れる。
「メルティ…というのですか。もしかして、妹とか…」
「…じゃぁないんだけど、それみてぇなもんだな」
 “この人も…こんな表情をするのか”
 照れたような、それでいて泣き出しそうな。そんな切ない顔。
「実はな。彼女がうちの姫君」
「え!?」
「国王シェルヴィアンの孫娘。王妃エルアラと同種の力を持つ―トラップ・N・エスナメルティ姫」
 よもや、そんな人が自分の後をつけていたとは思ってもみずに、ただ絶句するばかり。
「いや、でも、姫様なら、病からは無縁のはず…」
「桁外れの力を持って生まれてきたからな。確かに普通の病気からは無縁だ。でもな―」

 命は炎にも例えられる。
 身の内で適度に燃えていれば、それは身体を温める灯火となろう。
 けれど、強すぎれば―

「なぁ、あんなに小さくてさ、あんなに可愛いのに…今のままじゃ長くないんだぜ」
 重苦しいため息を吐いて“無慈悲な事をするもんだ”とぼやく彼。
 私は、彼女を抱えた自分の腕をじっと見た。
 重みを感じなかった軽い身体。まるで羽根の様で…思えば、あまりにも軽すぎる。
 “生まれて間もない命なのに…長くない…”
 寿命と言う物がない、永遠を生きる種族なのに。それが水の申し子なら尚更の事―
「望むだけの時を生きる事が出来るはずなのに?」
 見上げる私に、饒舌なはずの彼は何も言わずに頷くだけだった。

 永遠の命を脅かす物の1つ。病から切り離されているはずの生命の聖女。
 けれど、それが命を縮めることになるなんて。
「…それを知っている人はほとんどいないんでしょうね」
「当たり前だ。知っているのは…お前も含めて7人だ」
 7人。
 姫様自身の両親…いや、母君は亡くなられているから父君と、祖父母であられる王夫妻。
 おそらく、姫君の教育係でもあるグラウニス様もご存知だろう。それにソルティーさんということは、フェイルスさんも。
 このエルディアの中枢に位置している人物ばかりが…
「どうして、そんな大事な事を私に?」
「ん〜…お前ならメルティの心強い味方になるだろうって思ったからな」
「それだけで…」
 驚くやら呆れるやら。
 少しだけ年長のこの人の考える事はさっぱり分からない。
「あぁ、そうだ。グラウニスは知ってるけど、フェイルスは知らない」
「え?」
「あいつは成長すれば治る病気だと思ってる。間違っちゃいないが…それまで持たないって事は知らない」
 思いもよらない言葉に呆然としていると、彼は唇に指を当てて薄く笑った。
「だから、あいつといる時には口にするなよ」
 同じ副団長だから知っているかと思えば、1人は知らない…
 逆に、教育係であるグラウニス様を祖父に持つ、フェイルスさんだけが知っているのならおかしくないのに。
 “なら、目の前の彼は何故知っているのだろう”
 知っていて、なおかつその秘密を明かす事が許される。一体彼は…
「詳しい所はあまり気にするな。オレはオレ。あいつはあいつ。そして…お前はお前だ。自分の可能な範囲で責任を持てばいい」
「つまり。私に教えても他に広まる事はないと」
「そ。信頼してるんだぜ」
 いつもならバカ笑いをするのに、くすくすと笑う彼。
 普段見せない顔ばかり…そんな表情をさせているのは、あの小さな姫君。
「さぁて、そろそろ大丈夫だろ!連れて来てやるからちょっと待ってな」
 どことなく沈む空気を一刀両断するような大声が部屋の中に響いた。
 ―目の前に立つのは、もうすでにいつもの彼。自信に満ち溢れた副騎士団長だった。

   * 

「たすけてくれてありがとう」
 ぽんっと背中を押されて、私の目の前に出てきた彼女から舌っ足らずな言葉の礼。
 聞けばまだ3歳。私の妹とほぼ同じ年。
 ベッドを昇ろうとするものだから、ソルティーさんがひょいっと持ち上げて、上にぽすっと乗せた。
「視線が自分と同じ高さじゃないと嫌がるんだよ。低くてもダメ、高くてもダメ」
 “生意気だろ〜”と小突く彼に姫様はぷぅっと頬を膨らませた。
「なまやきじゃないもん」
「生意気だって。ったく、ちゃんと意味を理解してから言えって」
「そるのいじわる!」
 屈んでいるせいで姫様の目の前にある肩を、力いっぱいべしべし叩かれても、ソルティーさんは平然としている。
 それどころか、逆に叩いた姫様の方が痛かったみたいで、ふぅふぅと拳に息をふきかけて…
「ぷ…」
 “本当に可愛らしいお姫様…!”
 笑い出した私の上でバランスを取ろうとする表情も必死なのに可愛くて。
 あぁ、涙まで出てきた。
「おいおい、落とすぞ」
 軽く支えている私があまりに笑うものだから、心もとなく感じたのか、ソルティーさんが姫様を抱き上げた。
 一緒に来ていたフェイルスさんもポツリと言った。
「意外に笑い上戸」
 別に笑い上戸ではないけれど、この姫様を見ていると…
 未だに収まらない笑いを引っ込めようと必死になる私に、姫様を下に降ろしたソルティーさんが言った。
「あ、そだ。メルティな、お前ん所に連れてくっていったらなんて言ったと思う〜?」
「え?」
 見せるのは、いい事思いついたと言いそうな悪ガキの表情。
 何と言われるのか、分からずに待つ私を焦らす様に、たっぷりと間を置いて―
「“あのお姉さんのところ?”だってよ」
 “ぅ…お姉さん?”
 あれほど苦しかった笑いも思わず引っ込むその言葉。
「なんでわらってるの?」
 私と入れ替わりで、けたたましい爆笑を部屋中に響き渡らせたその人の足に、手を当てた彼女は無邪気に問う。
「あ、あのですね…私はお姉さんではなくて…お兄さん…なんですけれど…」
 ぱちぱちと目をしばたたかせた後、じっと私を凝視して―ぺこっと頭を下げた。
「ごめんなさい。おねえしゃんだとおもってたの」
 とても素直に、言葉を飾らずに言われると、ますますどう言えばいいのか分からなくなってくる。
 困り切った私を見かねてか、それとも発作が収まったばかりの彼女に対する配慮か、フェイルスさんが言った。
「そろそろ、お昼寝の時間ですよ」
 “本当に大事にされてるんだな”
 こっくり頷くと同時に抱き上げられたのを見てそう感じた。
「こんどいっしょにあそんでね」
 ぶんぶんと手を振るその姿が、扉の向こうに消えたのを見届けて、笑いを消した彼は言った。
「…どうだ。マジで守りたくなるだろ」
 頷いた私に、彼は「よし」と小さく呟いた。



 小さく、か弱いお姫様。
 そんな彼女の守護騎士に、ソルティー、フェイルス両名と共に彼が選ばれるのは、これよりそう遠くない時のこと。
 けれど、それはまた別のお話―




「きょうもさーらといっしょがいい〜。ぺんしゃんもつれてくの」
「えぇえ?今日は兄君と一緒に寝られては?」
「にいしゃまはぺんしゃんつれてくとイヤがるからダメ」
「ぺんしゃん…って何です?」(こそっと隣のソルティーに
「バカでっかいペンギンのぬいぐるみ。隙間が出来て寒いわ、もしゃもしゃうるさいわで、あいつすっげぇ嫌がるんだ」
「はぁ…(もしゃもしゃ?(汗」
「な。メルティ。サーラも嫌みたいだからオレんとこ…」
「そるはぺんしゃんつぶしちゃうからダメ」
「……うぅっ…」(しくしくさめざめ泣き崩れ
「やっぱり、ごつい男は嫌なんでしょうかねぇ…私はソルティー程ではないですが、ぺんさん…」
「ふぇいるしゅもつぶしそうだからダメなの」
「…………」(条件厳しいなと思うフェイルス
「ってことは、サーラがごつくなれば、オレらの仲間と。よし!牛乳飲め!」
「そんなのでなれる物ならとっくになってます!」

…彼らの掛け合いが聞こえてきてます(
そんなこんなで、必要以上に“姫様”から懐かれる事になったサーラさん。
ここからは、上司2人に小突かれつつの生活が始まることでしょう。
ちなみに、このお話は「懐かしき〜」の番外編としていますが、『騎士団トリオ〜』からも微妙に続いています。
相変わらず、フェイルスの出番少ないよな(ぽそ


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