■ 懐かしき日々〜重なる欠片 ■


「やっと、はっきりしましたよ。何であんなに痛かったのか」
 首を右に左に倒して、私は彼女に言った。
「あなたの記憶封じでは、無理もないですね」
「…そんなに痛かった?」
 ぺたっと額に触れる手は、ついさっきまで夜気に晒されていたせいか冷たい。
「思い出そうとするたびに、大小様々な鐘が大合唱。考えるそばから、全部散らされて…
 なったこともない二日酔いになった気分でしたよ」
 笑ってその手を触れると、頬が大きく膨らんだ。
「私も二日酔いなったことないもん」
「そこまで、飲ませないようにしてますからね」
 自分があまり飲めないからと飲ませないようにするのはまだしも、自分はザルなくせに「ダメ」と取り上げる2人。
 “あの2人なんかは、今もどこかで飲んでるんだろうな…”
 過保護過ぎる保護者たちを思い出して、笑いが絶えない。
「ねぇ、他にそれっぽいのはないの?」
 こみ上げるものを引っ込めようともしないでいると、前に垂らしている髪二房をぐいぐい引っ張られた。
 その顔にはしっかり“不満”と書かれている。
「そうですねぇ…」
 記憶の中を漁って、最悪に頭が痛そうにしていた時…

『…頭、痛い』
 幽霊のように、定まらない視点でぼんやり天井を見ているのに、苦笑い。
『頭…ですか?』
『頭、が一番痛い』
 苦笑が爆笑に変わると、怒る気力も出ないのか、耳を押さえて、もぞもぞとベッドにもぐり込んでしまったその人。
『あぁ、失礼しました。機嫌を直して…』
 取り成そうとしても、返って来たのは、叩かれた手の痛み。
『困ったなぁ…』
 口ではそう言っていても、胸の奥はほんわか温かかった。

「大泣きした後に眠ってしまって、目が覚めた時がそうかもしれませんよ」
 そう。あまりの痛さに、不機嫌真っ只中になってしまったこの方は、
 それから半日もの間、どんなに心を砕いても顔を見せるどころか、声も聞かせてくれなくて。
 最後は実力行使で、亀のように小さくなっているのを丸ごと抱きかかえて、窓辺まで連れ出した。
「…意地悪」
「あの時にもそうおっしゃいましたね」
 それこそふぐみたいに頬をパンパンにさせた彼女は、掴んだままの髪を無言で引っ張った。
「いたたた…」
「また閉じこもってやる」
 口を尖らせて、ぼやくのに、
「ウサギみたいなお姫様。巣穴から出たら、ちっともじっとしていられなくて、いつでもどこでも跳ね回って―
 でも、仲間がいるからといって、月にまで駆け上がってしまうのはやめてくださいね」
 少しも動揺を見せずに言うと、彼女は怒りを消して言った。
「やだ、まだ覚えてるのそれ」
 
 ゆらゆらと、ゆりかごのように揺れていたものが、ぴたりと止まると、布が動いて顔だけが隙間から出て来た。
『まるで、巣穴から出てこようとしているウサギのようですね』
 白いシーツを頭まですっぽりかぶって、赤い瞳だけがこちらを見ているのを見て、
 思ったままに言うと、すぽっと顔が引っ込んで―
 かすかに聞こえたのは「意地悪」の一言だけ。
 天敵を見つけて、慌てて巣穴に戻るような仕草に“本当のウサギみたい”と思ったけれど、口には出さずにいた。
『いいかげんに機嫌を直してください。ほら、星が綺麗ですよ』
 この言葉に再び隙間から顔が覗く。
『ホント?』
 大好きなものを見つけた子供のように、何の邪気もない一言。
 頷くと、今の今まで出てこなかった頭が飛び出てきて、ぐりっと窓の外へと向けられた。

『お月様にはウサギがいるんだって』
 唐突に言われて、空へ向けていた視線を腕の中に移した。
『ウサギは月でお餅つき。向こうの伝承ってやつかな』
 やっと、手に入れた人。
 それがすり抜けて、行ってしまいそうな言葉で、眉間にしわを寄せた。
『それは困りましたね…ウサギみたいなあなたも月へ行ってしまうかもしれないと、気にしなくてはならない』
『かぐや姫じゃないんだから…』
 丸一日以上も聞けなかった笑い声が小さく響いて、
 すっかり機嫌を直したらしい彼女の口からは、ぽんぽんと向こうの物語が飛び出た。

 語り疲れて眠るほんの少し前に呟いた言葉が、その内容よりも強く残っていた。
『みんなね、終わりは大体一緒なの―幸せに暮らしましたとさ、って』


「物語のようになるでしょうか?」
「先はまだまだ長いんだし…今も幸せに暮らしてます―でいいんじゃない?」

 私たちの時は、望めば永遠。でも、永遠の幸せなんて望んでも得られるとは思えない。
 だから、その時握り締めていた、幸福の欠片をかき集めて胸に抱き、自分に問い掛ける。
『幸せですか?』と
 頷くことが出来れば、きっと幸せ。

 そうやって、少しずつ時を重ねていこう。
 今、目の前にいる、欠片を失わないよう、いつまでも―




…妙に長くなった上に、なんかこう、読み返しづらい話になってしまいました。
ものすごい甘党でいつでもお砂糖てんこもり、
気付いたら、紅茶よりお砂糖のほうが多かった――!みたいな(味噌具みたいだな

1度でも彼を演じた人たちが、もうこんな恥ずかしいキャラはやらないぞ!と言い出しそう(ぁ
もっとも、自分もその1人。PHIでしばらく封印したくなるような(あぁああ
いや、それは無理だけれども(南塔の事が頭に引っかかって引っかかって…
で、彼がらみの話がもう2本。現時点で頭の中に。
あれです、例の男女真偽事件と、出会った時の話と(笑
そういうことがあったとだけは語られているものの、内容は明らかになってない代物。
どちらもソルティーさんが結構大きな割合を占めそうな…さてどうなることやら。


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