■ 懐かしき日々〜二つの大地 ■


 誕生日が間近というその日…ファエルから様子を見に来るとの手紙が来た。
 ここに“間違いなく留まる”と決め付けてなければ、意味がないというぐらいに絶妙なタイミング。
 顔を見たら、とりあえず一言文句を言ってやろうとか考えながら、眠りについたものの―
 目の覚めた私は、頭を押さえてうめいた。

「何だっていうんだあの夢…」
 このエルディアに来てからからというもの、毎夜のごとく見る夢をまた見た。
「バカバカしい。何で私が女性なんだ」
 何度も繰り返されるから、頭に焼きついてしまったその言葉。
『連れていかないで―』
 首を振って、その情景を頭から追い出すと、部屋を抜け出して月読みの塔へと向かった。
 こんな時は、きっと月が何かを伝えようとしている。

 かすかな音に反応した誰かが声をあげた。
 鋭く高いその声は女性の物で…どうしようか迷った後、ここまで来たのに引き返すのも嫌だったし、あえて声をかけた。
「先客がいましたか。すみません、お邪魔します」
 月を背に身構えているそばまで歩いていくうち、徐々に警戒を解いていくのが見えた。
「誰もいないと思っていたものですから…」
 そう言って、適当な間を取って立ち止まった私を見て、なぜかその人はぽろぽろと涙を流し始めた。
 私はただ、ここに来ただけで、泣かれる様な覚えもないし…
「あ、あの…?」
「ごめん…なさい…私…」
 何が何だか分からないものの、こうやって見ている事自体がよくないような気がしてきて、くるりと背を向けて言った。
「止まらないのなら、思いっきり泣いてみてはどうですか。
 え…と。泣き顔を見られたくないというのであれば、私は…その…どこかへ行きますから」
 言いながら、自分で自分に苦笑していた。

 昔は考えるより先に行動していたものなのに…何だか女性の扱いが下手になったものだな。

 そんなことを考えていた、私の耳に軽い足音が届き、
 思いがけず名を呼ばれて、振り返った腕に飛び込んで来たのは、赤い髪の女性。
 肩に顔をうずめるようにして泣く彼女を支えていると、頭に何か浮かびかけては、靄でもかかったように消えていった。

「あの…ごめんなさい、その…」
 しばらくして、顔を上げた彼女に、私は改めて名乗った。
 どこで私の名を知ったのかは分からないけれど…
「あなたは?」
 問いかけに、一瞬ためらいを見せて小さく答えたのは“命を司る者”とも読める名前。
 別の意味で取ると…
 “…そっちの意味じゃ絶対にないな”
 即座に打ち消して、気になっている事を聞いてみた。
「どうして…私の名を?」
「そ、それは…その…あなたが、私の知ってる人に…似ていたから…それで。てっきり本人かと」
 “前にもこんな事があったような…”
 しどもどになって答える彼女に、なぜか笑みが浮かんで、すんなり言葉が出て来た。
「明日もここで会えませんか?」
 ふっと表情が曇るのが見えたけれど、断られるより先、畳み掛けるように私は続けた。
「明日の今の時間…よろしいですか?」
「は、はい」
「それでは、明日に」
 それだけを言って、塔を降りる時、もう一度振り返ると彼女はぼうっとこちらを見ていた。

 再び眠りについた私の目の前に広がる、同じ光景。
 青年と少女と…お互いに伸ばす手が届くことなく、引き離される2人の叫びが耳を突く。
『約束だよ…いつかきっともう一度出会うんだ――』
『お願い。彼を、ナシェイルを私から奪わないで…連れていかないで!』
 赤い髪の少女と、金の髪の青年…
「そうか…同じなんだ…」
 どこかで納得した意識下で、夢も見ない眠りへと落ちていくのを感じた。


「来てくれましたね」
 半ば強引に約束を取りつけた事で、姿を見るまでは不安で…
 姿を見ても、その表情が強張っているのに気付くと、心が重くなった。
「私が…怖いですか?」
「ちっ違うっ!そうじゃなくって…」
 力いっぱい否定した彼女は、頼りなさそうに私を見つめて言った。
「あの、それで、私に何か用ですか?」

 こうやって見ると、やはりあの夢の片割れによく似ている。
 いや…それだけじゃなくて、懐かしい感じがする。
「…どこかでお会いしたことはありませんか?」
 “会った事がある?どこで?”
 そうやって考えるそばから、思い出すな――とうるさい程に鳴り響く鐘。
「昨夜初めて会ったとは思えないのです。あなたとは、もっと昔に会った事があるような気がして…」
 心当たりでもあるのか、思案げな表情になった彼女に、夢の中で固まった1つの問いかけをした。
「あなたは…ナシェイルですか?」
 直後、鋭い視線を投げかけられて、それが正しかったと私は知った。
「どうして…その名を?」
「さぁ…よくは分かりませんけれど、夢の中の人と、あなたが重なって見えた」
 彼女の不安そうな表情を覆い隠すように、ふっと空が暗くなり、二つの月が雲に遮られるのを背中で感じた。
「どうやら、私は…」
 言いながら、呆然としている彼女の髪へと手を伸ばし、触れた。
 “あぁやっと見つけた”
 そんな感慨と、さらさらと手の中で流れる感触を“心地いいな”と思い、相手に聞こえるか聞こえないかの声で言った。
 あなたを好きになってしまった様です――


 カランと響く、高い硬質な音。
 “鐘の音…?”
 いや違う。今度のは耳から飛び込んで来た実在する別のもの―
 腕の中にいた彼女が泳ぐ視線をそちらへと向けた。
「サーラ…?」
 一歩、二歩とこちらへと歩いて来た影を見て、私の頭は酷く痛んだ。
 思い出せと強く願う心と、思い出すなと押さえつける何か。
 2つがぶつかり合って不協和音を掻き鳴らしている。
「どうしてです?どうして…こんな」
 嘘…ですよね―
 そう言う男と彼女の間に割って入った私は、頭を押さえて言った。
「悪いけど…この人は私の運命の人。誰にも渡せない」
 一瞬の静けさの後、剣を抜く音が聞こえ、殺気に満ちた切っ先が迫ってきた。
「だ…っ!ダメ!」
 私を押しのけて、出てきた彼女に男は叫んだ。
「この男がそんなに大切なのかっ!?」
「下がってて」
 背に庇おうとしたけれど、彼女は頑として動こうとしない。
「危ないから下がってるんだ!」
 無理矢理後ろに下がらせ、こちらも剣を抜いたけれど、もう間にあわない――!
 覚悟したその時、彼女は叫んだ。
「サーラが死んじゃう!!」

「な…に…?」
 雲の隙間から月の明かりが射し込み、ようやく男の顔が分かる。
 見開かれた瞳は濃い空の青。片耳には彼女と揃いのピアスが揺れていた。
 ずいぶん背の高いその男が、小さく何事かを呟いて落とした剣を、彼女は飛び越え、その元に駆け寄った。
「ダメ…ダメだよ。そんなことしたら、あなたが…!」
 しがみついて泣き喚く彼女をなだめるのを見て“またか…”と心の中で呟いた。
 呟いていながら、はたと気になった。
 “また…?またってどういう意味なんだ?”

 考えている間にも、彼女は落ち着いたらしく、あれやこれやと男に問いただしている。
 どうやら人を捜しているらしいけれど…
「力になれることがあれば―」
 言いかけた私に、彼女はくるっと振り返って言った。
「ごめんね。今のあなたじゃ捜し出せない人たちなの」
「…その代わり一つだけ聞きたいことがある。ナシェイルとは誰だ?」
 硬い声音で訊ねられ、私が返した答えに、その場にいた全員の声が重なった。
『約束だよ…いつかきっともう一度出会うんだ――』




Previous   Story Top  Next