髪を魔力の風にたなびかせ、一人の女性が立っていた。
彼女の右手には投擲用のナイフ。左腕には眠っている幼女。
「どうして、お前だけが選ばれる!」
叫ぶ彼女の視線の先には、顔に幾分幼さの残る少女。
同じ色の髪を持つ女が3人。
彼はその全てをよく知っていた。
1人は妻であり、仕えるべき女性。
1人は自らの娘。
最後の1人は信頼出来る女性…だった。
しかし、彼は彼女の本当の髪色を知らなかった。
出会った頃から、黒い髪をしていた彼女。
“生まれ変わりたい”
無意識の内に思っていた彼女が黒く染め替えていたために、彼は黒髪だと思いこんでいたのだ。
「どうしてお前だけが全てを手に入れられる」
今まで封じ続けて来た物が髪と同じ色の…己の身体すら焦がす程に強い焔となって噴き出した。
「そうだ。お前さえ生まれなければ、お前の母親も死ぬ事はなかった。
お前はその力で母親の命までもを奪いとって生まれてきたのよ」
力を持って生まれたから、揺るぎ無い愛情を注いでくれる存在を失った。
“全てを手に入れた”と言いつつ、自分の言葉が矛盾する事に彼女は気付いていない様子だった。
彼女が欲しかったのは力よりも彼だったから、少女を傷付けるためのただの口実だったのか。
それとも、それに気付けないほどに心乱されていたか…
「お前さえ…!」
「よせ!レナス!」
少女の兄である青年が声を上げ、妹をかばうように前へ立とうとした。
元から強くはなかった母親の身体。
その中に本人ですら持て余すほどの生命力を内に秘めた存在を宿してしまった。
生まれた瞬間には耐えられた。
しかし、その時に受けた打撃は時を経るごとに少しずつ表面に現れ…
一つの命が生まれた代わりに一つの命が失われた。
もちろん、彼にとっても幼くして母親を失った事は痛みとして残っている。
けれど、自分よりもっと母親の愛情が必要だった妹の方が辛く苦しいと思っていた。
“何があっても守りたい”
それが、母親をなくした時に目の前で起きた事を理解出来ずに、ただ泣いていた少女への思い。
「大丈夫」
兄がかばうのを拒んで彼女の鋭い視線をしっかり受ける少女は、静かに言った。
「あなたの望みは何?」
子供を人質に取られて泣き叫ぶかと思えば、冷静さを増すばかりの少女に彼女は苛立った。
“何ですって?”
“望み…望む事?それは…ただ一つ”
「お前がこの世から消えてくれる事…全てが綺麗に終わるわ」
甦ったばかりの記憶と、かつては心から慕った人の吐き出す呪いの言葉。
それを思い、彼女の気持ちは決まる。
「そう」
いつものように宙に現れた少女の剣。
それが、ためらう事なく自らの胸に突き立てられた。
その場に居た誰もが目を疑った。もちろん“それが望み”と言った彼女も例外ではなかった。
「あ…あぁ」
忌むべき相手の思いも寄らぬ行動に彼女はうろたえていた。
“どうして、こんなにあっさり自分を捨てられるのよ”
“私があの子をここまで追い詰めた”
“違う!望む物は何でも手に入れられる…甘い世界で生きていたあの子が追い詰められるわけない!”
“けれど…自らの死を選んだ…”
目の前の光景と内なる声に動揺している彼女から、逸早く正気に戻った青年が子供を奪い取った。
「リーナは無事だ」
これ程の騒ぎの中でも眠り続けている豪胆な子供。
抱きかかえた彼は父親に伝えたが、それは本人の耳に全く入っていなかった。
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