コンコンと窓を叩く音が響く。
二つの月が織り成す深夜の月明かりの元で待っていたのはエアトル。
「ごめん。こんな時間に…」
あらぬ方をむいて話す彼の姿に思わず笑ってしまう。
「大丈夫よ。こっちを向いてちょうだい」
私の言葉に彼は恐る恐る振り向く。
何年前のことだったかしら。
ノックもそこそこに私の部屋に飛び込んできた彼に水の洗礼を浴びせ掛けたのって…
「それで、どうしたの?」
変な時間にこんな場所からの訪問なんだから何となく予想はつくんだけど。
「うん…その、ちょっと人間の国へ行ってみようかと思うんだ」
あぁ、やっぱりね。
あまり驚かない私に彼は目を瞬かせた。
「驚いて無いみたいだね」
私はぺた…と素足でベランダにいる彼の隣に立つ。
「だって、あなた近頃“人間って面白い”って何度も言ってたもの。誰でも予想できるわよ」
そうかぁ…とため息をつく彼。
「それなら朝にはバレるかな」
「うん。間違いなくね」
口をへの字に曲げて“面白くないなぁ…”と呟く彼が子供っぽく見える。
「もう…普通ならもっと目立たないようにするわよ」
「仕方ないだろ。行ってみようと思ったのはつい最近なんだから」
本当に、不器用なんだから…
「うぅん…。まぁ、いいか」
と彼は組んでいた腕を解いて、軽く振る。
「今日はやめるの?」
「いいや。決行は今日だよ。
少なくとも一人は計画を知ってる人がいるわけだし…遅らせるとそこから知られるかもしれないだろ」
私の口ってそんなに軽いって思われてるのかしら。
さすがにムッと来た私にエアトルは軽く笑って答えた。
「あぁ、違う違う。
知られるってのはフェリアの行動からだよ」
「行動?」
私の質問にうなずく彼。
「そう、行動。
君って考えてることが手に取るように分かる時があるからね」
“別に君が誰かに話してしまうとは思ってないよ”
と彼は言うけれど、私が話してしまうってこともちょっとは考えてるんだと思う。
「さて…一応君には伝えたし。そろそろ行くよ」
いくつかの言葉を口にし、彼はふわっと浮かび上がる。
「ちょっ…ちょっと待って」
普通はここで“戻ってきた時には…”とか何とか言って愛の告白があるものでしょっ!?
と思ってエアトルのマントをがっしり掴んだ。
「うん?…何?」
素のままで何も考えてないような能天気な声に私は正気に返る。
う゛…つい引き留めちゃったけど、なんて言えばいいの。
さっき思った通りに言ってしまえば、間違いなく笑われて、恥ずかしさ最高潮だし…
マントの端を掴んだまま、うんうん唸っていると、エアトルがポンッと手を叩いた。
「あぁ、そうか」
も、もしかして気づいた?
そう思ってドキドキしていると、エアトルは真顔で一言。
「ダメだよ」
…ダメ?何が?
何が何だかわからなくて、首をかしげる私を無視して彼は続ける。
「付いてきたいって言われても絶対に連れていけないからね」
え…?
付いて…って。あ!その手もあったわよね。
「いや。連れてって」
うん♪待ってるよりもっといいことがあった。
更に力がこもるマントを掴む手。
「だから、ダメだって」
呆れ声といっしょにため息。
あなたが言わなきゃ気がつかなかったのにね。自業自得なんだから。
「グラフノーン王家の後継ぎは君しかいないだろう?
溺愛している娘がいなくなったら君の両親が悲しむ」
「ずるいっ」
ぐいぐいと力任せにマントを引っ張る。
「こら。引っ張るなって」
2人のこと言われたら、私は納得するしかない。
一緒に行きたくても我慢するしかない。
子供のように駄々をこねて、じたばた騒ぐ私に、彼は外に声が届かないように結界を張る。
それでも、私は誰かこの騒ぎに気づいてとばかりにわめき散らす。
「フェリア…」
そう呟いてFlyを解いて彼はストンっと私の隣に降り…
「え…?」
「…確かに私はずるいのかもしれないね」
緩んだ手を振り解いて、彼が飛んでいくのが見えた。
張られていた結界も解けて風が私の顔を撫で、額に残ったかすかな温もりを奪っていく。
「ずるいよ…本当に…」
いつもいつも言葉にしてくれない彼。
こうやって来てくれたってことは期待してていいの?
それともやっぱり妹みたいに思ってるの?
どれだけ待つのか分からないけれど、どっちかはっきりさせてから行って欲しかったのに…
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