■ 火の王子と水の王女 ■


 年月は過ぎて行く。
 2つの種族の王子には後継ぎもあり、それぞれ王となるための準備期間を終えていた。
 後は機会を待つのみ。
 そんなある日、ダークエルフ王がかの聖女への復讐を決意した。

「フラウエル!」
 荒れ狂う力に引きずられるように生まれ育った城内を走り回っていた。
 見慣れていたはずなのに、違和感だけを感じる風景。
 ”私はもうエルディアに戻れない”
 ダークエルフの王女として生きてきた年月が自分をここまで変えた。
 兄や母の後ろに庇われ、守られているだけの少女ではもうない。
「返事をして!」
 悲鳴のような叫びに、微かな声が聞こえる。
 そちらに走った彼女は、身体を抱えてうずくまる彼を見た。
「シェルミナ…」
「何も言わないで、今治すから」
 深い傷口に手をかざして治療している間にも、空間の歪みは更に酷くなって行く。
「すぐにでも家族のところへ戻るんだ。今ならまだ間に合う」
「戻るわ…レストのところに二人で」
 息を飲むフラウエルに微笑む彼女。
 そんな二人に、最終通告とも言える声が響いた。
『このエルディアにいる全ての者よ…よくお聞きなさい。
 今から全てを洗い流します。
 エルディアを侵そうとする不埒者よ。
 今ならまだ間に合います。すぐにこの国から出ていきなさい。さもなくば…命の保証はしませんよ』
「私なんか放って今すぐ戻れ!」
 エルフに対する加護の残る城内では、ダークエルフの気に飲まれた彼は転移魔法を使うことが出来ない。
 だが、元々ここの住民であったシェルミナのみなら可能。
 それを分かってのフラウエルの言葉だったが、彼女は首を振って拒絶した。
「嫌!」
 このままでは父に続いて、彼までも失ってしまう…
 そう思った時に、僅かに持っていた水の力がシェルミナの中で目覚め始めた。
「…これは…」
 駆け巡る水の気にはっとなる。
 どうして、半端に力を持って生まれたのか…彼女はずっと自分に問い掛けてきた。
 それが、もしこの瞬間のためだったら?
「フラウエル…」
 たった1度、1度だけの申し子としての魔法。
 轟音とともに迫り来る水を思い浮かべて、彼女はこの力を与えた神に祈りを捧げる。
「私の大事な人を…どうか」
 今の今まで使われること無く封じられていた力が解放される。
 背に広がる淡い緑の羽根を目にしたフラウエルは安らぎを得ると同時に眠りに落ちた。
 程なく押し寄せた水…それは彼女たちを飲みこんだ。

「フラウエル」
 低い声。呼びかけられて意識がようやく浮上する。
「父上…」
「もはや目覚めぬのかと思った」
 鈍く痛む頭を押さえて、私はうめいた。
「まだじっとしているがいい。
 それにしても…突然お前たちが空から現れたときには驚いた。エルディアで我々は転移魔法が使えぬからな」
 言われて、あの瞬間が甦った。
「シェルミナはどこです!」
 “お前たち”という事は、彼女も一緒のはず。
 けれど、父は“分からぬ”と首を振った。
「お前が地に降ろされると同時に…光となって消えた」
 …消えた?
 消えた…シェルミナが?
「昔聞いたことがある。申し子が力を使い果たすと肉体を失うと…あの娘は申し子に連なる者だったのではないか?」
 意識を失う瞬間広がった翼…あれが申し子の証だとすれば?
『何故かシェルミナは申し子の力を少しだけ持って生まれたらしい』
 ジョメルだってそう言っていたではないか。
「っふ…ふふ…」
 僅かに持って生まれた力を私を救うために使ったと?
 自分が消えるかもしれないのに…
 笑いがのどの奥から漏れる。
 彼女の発した光に安心して意識を手放した自分を愚か者としか思えない。
 どうして、あの時止められなかったのだろう。
 シーツにしみを作る水滴…涙。
「フラウエル?」
 笑いながら泣く私に父が声をかける。
「…独りにしてください」
 1つ頷いて出ていくその背を一瞥して…私は決意した。
 “何があっても、何をしてでも、この悲劇を終わらせてみせる”
 私の母を救えなかった水の女王。
 そして…私を救うために消えた水の王女。
 失うのは、もうたくさんだ…

 心の奥底に燈った暗い炎。
 彼がその意味を知るのは?




巡り巡る、申し子の力。
表面だけ見れば、祝福されているように思えるこの力も…呪いみたいですね(狙ってはいたけど、設定としては酷すぎたかな
フラウエルにとってのトラップは友人の娘であり水の申し子であり…更には愛した人の面影を持った人。
レストくんがトラップに懐いていたのも、さりげなく母親の面影を見ているからかも。
ちなみに、シェルミナは赤毛に紫の瞳で、申し子特有のカラーリングではないです。
だから完全な申し子と言うわけではないのですよね。
(赤い瞳のトラップは封印を解けば、色が本来の物に変わります)

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