星に願いを


 七夕…我々の世界では“星送りの夜”という。
 星の力を集めて、人々の願いとともに月に送るから“星送り”
 その中でも今宵は数千年に一度巡り来る“紫月の星送り”
 名前だけを聞けば、もっとも月の力が強くなる夜と思われるかもしれないけれど、実際は全くの逆。
 一番力の弱くなる…言い替えれば星々の力を最も送らねばならない夜。
 だからこそ、多くの願いを込められると言い伝えているのだけれど…

「遅い!何をやってるんだあの子はっ」
 イライラとその場を歩き回るのは、この国の女王たる人の兄君。
「父上、そんなに怒っても仕方ないじゃない」
 隣に座る青年の髪を触って遊びながら、そう口にするのはすっきりと切り落とした紫の髪にエメラルドの瞳の少女。
「怒って叔母上が戻ってくるなら好きなだけ怒ればいいけど、違うでしょ?」
 親子にしてはずいぶん似てないと評判の娘の一言にエアトル様は憮然とした表情で椅子に座った。
「…そりゃ、ま。そうだが…」
 そんな2人のやり取りに噴き出すのは彼女…シェアラに髪を弄ばれていたヴィエル。
「伯父上の負け。
 母上の事ですから、きっとギリギリになるまでは戻ってきませんよ」
 “もう気が済んだだろう”とシェアラを追いやって、父親の側に立った彼は意味ありげな表情で私を見る。
「これは、私の予測なんですけど、フォルクおじ上は母上の所在を知っているのでは?」
 ぶふっ…!!!
 のんびりと香茶を飲んでいた私はその言葉にむせ返る。
「…フォル」
 剣呑な響きの声で名前を呼ぶのはエアトル様。
「ちょ…ちょっと待って下さい!知っていれば、すぐにでもこっちへ連れ戻しますよ!」
 確かに、前日一緒にいた事も事実なんだけれど、今の所在なんて全く…
 異世界にある“Capital Ruins”という地で「サバイバルゲームやるからおいで」と言われて行ったはいいけれど、
 加護が外れてなかったものだから「もうちょっと鍛えてなさいよっ」と修行に放り出されるわ、
 一応Lv2までは上げたものの、経験値不足で加護が外れず、結局不機嫌なままのフレイア様を見る羽目になるわで。
 それにしても、ヴィエルのやつは相変わらず可愛げのない…父親の性格の悪さを引き継いでるんじゃないだろうな。
「フォルク?」
 くいっと服の裾を引っ張るのは、フレイア様の娘でもあり、次代の生命の聖女でもあるリーナ。
 フレイア様が戻らなければ、同じ力を持つ彼女が…
「リーナ。フレイア様の代わりを勤める事になるかもしれないけれど、大丈夫かい?」
 私の一言に周囲の者が一斉に私を見た。
「おいおい、リーナにやらせるつもりか?」
 真っ先に口を開くのは、長身揃いのこの中でも飛びぬけて背の高いソルティー。
「あの方が戻らない時には、同じ水に属する彼女に頼むしかないでしょう」
 他に代役を勤められるのは…
「それともフェルディーンに頼みますか?」
 この場にはいないその女性の名を出すと、エアトル様が更に不機嫌そうな顔になる。
「彼女はともかくとして、あの男とは関わりたくないがな」
 エアトル様が嫌い、関わりあうことを極度に避けようとするのは闇に属する風を操るシャトーという男。
 私にとってもあまり関わり合いたくないタイプですけどね。
「どう、出来る?」
 私の問いにぶんぶんと首を横に振るリーナ。
 仕方ないと言えば仕方ないか。
 フレイア様は歴代の水の申し子でも1・2を争うほどの力を持つ方だし…
 娘とはいえそんな人物の代役をと言われて怯まないはずはない。
「他の力の担い手のいない儀式ならいくらでも前例があるんだけどなぁ…」
 さすがに生命の源とも言われる水の力がない星送りの儀式なんて物は例がない。
「あの…1ついいですか?」
 何事かをずっと考え込んでいたディオンが口を開く。
「もし、もしも母様が戻らなかったなら…僕たちで儀式をするっていうのは、ダメでしょうか?」
 周囲が沈黙したのを受けて、彼は慌てて手を振る。
「あ、いえっ。ごめんなさい、そんな事出来ませんよね」
「いや…それもいいかもしれん」
 顎に手を当て考え込むエアトル様。
「全く完成度の違う申し子同士でやるよりも、人数が足りないよりも…いっそ…」
 エアトル様は風のディオン・水のリーナ・炎のヴィエル・地のシェアラ…と順に視線を移す。
「よし、それで行こう」
 しばらく4人を見つめていたかと思うと立ちあがり、光竜の剣をディオンに押し付ける。
「それを使え、多少なりとも助けにはなるだろう」
「え…あ、はい」
「伯父様、お兄様っ本気ですか?」
 思いも寄らぬ事で、結局代役を勤める事になりそうな気配に慌てて2人に駆け寄るリーナ。
「私はいつでも本気だが?」
 エアトル様の言葉に、うっと詰まった彼女は私を振りかえる。
「フォルクからも何とか言って下さい」
 顔を真っ赤にして嫌がっている彼女には悪いんだが…
「私も2人と同意見だよ。
 私とエアトル様とサーラ・・・水の力が足りない状況で儀式をするよりも、それに君を含めてバランスを崩すより…
 全体の完成度が落ちたとしても、同程度の力を持った4人の術者が行う方がよっぽどいい」
 “君たちの勉強にもなるし”と心の中で呟く。
 いつまでもおんぶに抱っこというわけにも行くまい。
「いずれは我々の後継者として月の力を受け取らなくてはならないのだから、ちょうどいい機会だ」
「お父様…」
 途方にくれた彼女が見上げるのは、ここまでずっと黙りっぱなしのサーラ。
 すがるような視線を受けて、彼女の頭にぽんっと手を置いて答えた。
「とりあえずは…頑張ってみなさい。
 失敗したとしても、私たちで補助に回るから心配はいらない」
「リーナ。せっかくやらしてくれるって言うんだもん、頑張ろうよ」
「失敗してもいいって言ってるんだから、やってみよう。
 数千年に一度の星送り。滅多に出来る事じゃないだろ」
 ヴィエルとシェアラの説得にしぶしぶながらサーラからフレイア様の水光竜の剣を受け取るリーナ。
「失敗してもいいといっても、失敗しないに越した事はないですね」
 そう言ってシェアラにも剣を渡したサーラはにこやかな笑顔をソルティーに向けた。
「ね、ソルティー」
「ん?」
 ソルティーはというと“何で自分を見る”と言った表情。
「前の紫月の星送りを覚えていると言ってたなぁ…と」
「まぁな」
 二千年ほど前に行われた前の儀式に立ち会ったのはここにいる数名の中でもソルティーのみ。
「…そういう事か」
 エアトル様の呟きと同時に私も続きの予測がついた。
「な、何だよっ」
 サーラとエアトル様、更に私の視線を受けて動揺するソルティー。
「つまり、この中で一番星送りに詳しい人物に、儀式の手順を叩きこんでもらおうと…」
「うげっ!冗談だろ!」
 そう叫んで、ソルティーは首をぶんぶんと振りまわす。
「嫌だ!オレは絶対嫌だ!何でそんなめんどくさいことしなくちゃなんねぇんだよ」
「そう、面倒なだけでやろうと思えば出来るんだろう?」
 ずばっと切り返されて、何も言えなくなったソルティーの顔は強張っている。
「ずるいぞ…サーラ」
「ずるい?一番間違いない方法を選んだつもりだけどなぁ…」
 にこにこと笑う顔だけを見れば人が良さそうに見えるけれど、こういう時のこいつって何か腹黒いんだよな。
 とは考えるものの、私もその言葉に便乗して、
「と、いうわけですから、ちゃんとソルティーの言う通りにしましょうね」
 などと、4人に言ったりもしてみる。
 その言葉にうんうんと頷くのは3人。
 そっぽを向いている1名には私の光竜の剣を押し付けて、
「分かってるね?ヴィエル」
 念押ししておくまでもないとは思うけれど、誰に似たのか本当に素直じゃないからなぁ…
「お、おいっ。オレはまだ…」
「頼んだぞ」
 往生際悪く、まだ何かを言おうとしたところで、エアトル様にぽんっと肩を叩かれたソルティーはうなだれる。
 この方に頼まれてしまったらどうしようもないですからねぇ…
「こんちくしょー!!!覚えてろよお前ら!」

 星送りの儀式はうまく行ったらしく、小さな光があちらこちらから空へと昇っている。
「君には貧乏籤を引かせたな」
 そう呟くエアトル様の隣で“遅い”と怒っていた相手であるフレイア様が光を眺めている。
 なぜこの方がここにいるのか…
 それは、今回の事が初めから仕組まれていたからに他ならない。
 私たちがいつまでも彼らの成長を妨げるような事があってはならないと、距離を置くようにしてきた数年間。
 どれだけ成長したかを見るために“今回の星送りを任せよう”と話し合った。
 そのためには、誰かがエルディアにいない状況を作らなければならなかった訳で…
「戻ってこなくて一番不自然じゃないのは私なんだから別に構いやしないわよ」
「少しずつでも世代交代の準備に取りかからないといけませんからね」
「そうね。私たちもそろそろ表舞台から引っ込まなきゃ」
 サーラに言葉に弾む声で答えるフレイア様。
「フレイア様…何だか嬉しそうですね」
「だって、ディオンが言い出してくれたんでしょ?“自分たちでやる”って…成長したものよねぇ…」
 …親としての喜び…ですか。
 この4人の中で子供がいないのは私だけ。
 他の2人も同じような感情を持ってこの光を見ているのだろうか。
 そう考え込んでいると後ろから「あ、やっぱり!!!」と声が…
 怒ったようなその声に振りかえると、フェリアが猛然と突っ込んでくる。
「ひどいっ。私にはちゃんと言ってくれたっていいじゃない」
 その後も物凄い勢いで文句を言い連ねる彼女にエアトル様もお手上げ状態。
「あぁもう、分かったから、そんなに怒鳴り散らすな」
 救いを求めるような視線を向けられたサーラは、
「さて、私たちも何か願い事をしますか…」
 とフレイア様と2人でその場を去る。
「フォルっ。何とかしてくれっ」
 かなり必死の声に“すみません”と心の中で謝る。
「あなたの奥方でしょ。自分で何とかして下さい。
 そろそろ儀式も終わる頃ですし、私はリーナのところに行ってきます」
 くるっと背を向けると“ぎゅぅ”と何かが締まる音が聞こえたような気がするけれど…ま、気にしない気にしない。
 その場をそそくさと去りながら、願い事を小さく呟く。

 “来年の星送りも皆で迎えられますように…”




メールにサバゲーの事が書かれていたので、ちらっと入れてみました(笑)
Lvが足りないからと鍛えさせても、経験値が足りなくて加護が外れない…
心の中で「フォルクのバカ!!」と叫んだそうです、彼女(=Liferのプレイヤー)
悪戯書き以外にも起動させようよ…(苦笑)

おまけ

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