■ 紡いでいく絆 ■


「ん…」
 彼女の目の前に飛びこんで来るのは、心配そうな顔、顔、顔。
 その中で真っ先に口を開いたのは、紫混じりの青眼に喜びをいっぱいに表した青年。
「よかったぁあああ。気付かなかったらどうしようかと思った」
「みんな…?」
 周りを固めていたのは、冒険者時代の仲間。
「ったくよぉ、何て事すんだよおめぇは!」
 短い金髪をがしがし掻き毟って、男は自分の座っていた椅子を乱暴に蹴飛ばした。

 今回、途中まで同行した後「後は私たちで。大丈夫だから」という言葉を受けて、大人しく待っていた彼ら。
 まさかこんな風に彼女が戻って来るとは思いもよらず、怒り心頭だった。
「オレたちの身体がまともになる方法もまだ分かってねぇってのに、
 勝手に1人であの世行きやがったら呪ってやろうって考えてたんだぜ」
「ご、ごめん…」
 彼らが事態の全てを知っていると理解した彼女は素直に謝った。
「ごめんじゃぁ…っ」
 流れ落ちる滝のような勢いでまだまだ喚きそうな男を、もう1人が柔和な笑みで押さえ込んだ。
「でも、本当によかったよ」
 そう言いつつ、リーダーだった彼はぽんぽんっと頭を叩いてから、ぐしゃぐしゃと引っ掻き回した。
「うわぁ、やめてよっ」
「嘘ついた罰だ。嫌ならもうこんな事は止めてくれよ」
 “うん”と頷いた彼女は同性の仲間が誰もいない事に気がついた。

「あれ…他のみんなは…?」
「ルーとアルならお前の傷を治すのに疲れて向こうで寝てる。リルはその見張り」
 少し離れた位置で、見守っていた男がここで初めて口を開いた。
「見張り?」
「ぶっ倒れそうになってもなかなか休もうとしなかったからな。起きたら速攻寝かせる役だ」
 続きを説明しようとしていた彼の言葉を奪い取ってのその発言。
 まだまだ不機嫌そうな金髪の青年に“それぐらい傷は酷かったんだぞ”と言外に示されて、彼女は俯いた。
「で…サーラたちは事件の後始末をしている」
 あらかたの話は聞いていたけれど、それをわざわざ言う必要もないと簡潔な答え。
「そう…」

 “まったく、セスは彼女に優しくないんだから…”
 内心ぼやいた元リーダーの彼はおそらく彼女の最大の懸案であろう事柄に触れた。
「後…一番大事な事があったね」
 言われて、ぱっと顔を上げた彼女に“安心して”とにこやかに頷いた。
「君の子供たちは無事だから」
 にこっと笑うのにつられて、彼女にもわずかな笑みが浮かんだ。

 “まだ血の気もないし、ぎこちない笑顔だけど…これなら1人にしても大丈夫かな”
 そう思ったどこまでも楽観的な彼らのリーダー。
 “いつまでもいたら休めないから”と一緒につめていた3人ともども出て行く事にした。


 夜、1人になってそっとなぞるのは、胸の傷。
 そうしながら、仲間の少女たちが言った事を思い出していた。
「ごめんなさい、私たちじゃここまでが限界だったの」
 青銀髪の少女が言った次、別の少女が言った言葉も思い出して、彼女はため息をついた。
「でも、あなたなら自分で綺麗に治せるよね〜」
 なんともあっけらかんと言ったのは、メンバーの中でも明るい少女。

 いくつもの命を犠牲にして成り立つ自分の命。
 “自分がいなくなれば、もう誰もまきこまなくても、誰も追いつめなくても済む”
 “けれど、それなら失われた命の意味は…?”
 相反する事に気付いてしまったから、彼女は悩んでいた。

「いなくなった方がいいのか…それとも、いなくなった人のためにも生きるべきなのか…」
 手にした幸せが大きければ大きいほどに崩れた時の事を恐れ、
 誰かの幸せと引き換えだと知った時の苦しみも大きい。
 それも、その誰かが自分の好きな人であればあるほど…

 “いずれにしても…幸せにはなれないって事なのかな”
 ズンっと心の底に沈む苦い物。
 胸を押さえて、ぽろぽろ涙を流す彼女は自己嫌悪の真っ只中だった。
 いつでも何があってもすぐに立ち直って笑って、みんなを“もう大丈夫だね”と安心させるのが仕事なのに、 
 こんな風じゃ、心配させるばかりになってしまう。
 “やだなぁ…こんなの私じゃないよ”
 そう言い聞かせても、傷よりもっと深い場所が痛くて仕方がなかった。

「フレイア様?」
 優しい声に彼女は奥深くまで潜り込ませていた顔を外に出した。
「まだ痛みますか?」
 ふるふると首を振るのに少しほっとした表情を見せたものの、その顔は少し強張っていた。
「…もう…あんな事はしないで下さい」
 乾いた空気に喉を締め付けるような苦しさで言いつつ、彼はあの瞬間を思い出していた。

 真っ白になった頭。痛烈に描かれる血色の景色。
 “失う事なんて考えられない。でも、失わないための唯一の手段を迷わず選ぶ事は出来なかった”
 そう思う気持ちがあったから、彼女が目覚めてすぐには顔を合わせられなかった。

「…私は優しいのではなくて、臆病なんです」
「誰だって、弱くなる瞬間ってあるよ」
 そう、もしかしたら自分を刺したのも弱かったから…
 “自分がいなくなれば、この世でただ1人の水の申し子となるあの子に危害を加えられるはずがない”
 そう考える事で、色々な思いを抱いて生きて行く事から逃げ道を作ったのかもしれなかった。
「だけど…もうしない。約束する」

 どうしても離れる事が出来ないのだから、これからも他の誰かを傷付けていくのだろう。
 けれど、1つ1つを身に心に刻み付け、失われた命と罪とを背負って生きていく。
 それが彼女たちの新たな絆。




読んだ事がある人は、覚えているかもしれないんですけれども、
本編では、彼女が剣を刺した瞬間から、目覚めるまでは綺麗にカット。
(本編はほぼ彼女の視点なので、これは当然ですね(’’;
ただ、ここに書いた1人になった所もその時にはカットで…まぁぼろ抜けだったと(笑

でも「前、書くの止めて大正解」と今だから思ってしまいます。
何しろ、こんなお話ですから、当時の私なら、途中で嫌になってたぶん放り投げ…○| ̄|_
この後さらに続くシーンってのは…まぁ、とりあえず割愛…ですかね(気が向いたら…公開?(えぇえ
ちなみに、外見や口調で誰が誰かという判別はつくようにしたつもりなんですけれども、
名前を出さないと、本編を知らない方にはとことん優しくないなぁという気がひしひしと。
でも、やっぱりここはあまり名前を出したくなかったし…(悩

あ…重要ポイントを1つ忘れる所でした(
人間である、彼女の仲間が老いもせずに生きているのには理由があります。
セルフィス(セス)の言葉に「オレたちの身体がまともになる方法もまだ分かってねぇってのに」
というものがある通り、彼らは年を取らない、寿命というものがない身体となってしまってるんです。
エルフであるトラップ、アルミナ、ルーシア、リルは元々そういう存在なのでいいとしても、
人間である彼らは“普通に年老いて、その時を迎えたい”
こんな思いを抱いて、元に戻るための旅を続けています(実際1名だけは竜族なのですが(
エルフの4人はいわば、その見届け人としての役目も背負ってるんですね。

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