初めてその男を見た時、まず感じたのは光。
金の髪に翠玉の瞳。その身が纏うのは涼やかな風。
だが、その直後に気付く。
『この男はそれと同じ程の闇も持つ』と
隣に立つ男の妹と合わせてみれば、普通には感じ取れぬ闇が際立つ。
何故なら、男の妹は白い光そのものだからだ。
穢れ無き清麗な輝きに思わず目を細める。
私の傍らに立つ娘も同じ光を持っているが、太陽と月のような関係の二人の差はあまりにも大きい。
“太陽と月”…それは私とこの男にも言えるのだと思い出して苦笑を禁じえない。
太陽が翳れば月の光も弱まる。
私たちは目の前の兄妹によっていかようにも変わってしまうのだ。
それが、申し子の“影”と呼ばれる由来。
今思い出しても、胸の痛みが薄れることは無い。
私がまだ“光の魔力”を有していた時…
遠い過去に捨ててきたはずの記憶なのに、ついこの間の事のように思えるのはなぜだろうか。
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私がその男から初めて見たのは果ての無い闇。
黒い髪、紫水晶の瞳を真っ直ぐ私へと向けていた。
その瞳に僅かながら憎悪の様なものが見えて居心地が悪く思う。
逸らすように隣の娘へと視線を移すと、彼女から感じるのは柔らかい光。
隣の男の闇とは不思議と合うその力、輝き。
2人は一体何者なのだろうか。
名は同じで、夫婦かと問えば「否」との答えだった。
ならば兄妹かとも思ったが、男が娘に向ける目からはそう思えない。
この世で唯一の大切な宝を見るような瞳。
全てにおいて興味が無いような瞳もその時だけは柔らかい。
この男にそんな目が出来ると知ったときは驚きを隠せなかったが…
“ロートシルト”…どこかで聞いた覚えがあるような気もする。
いつかは思い出せないが…
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ある日、男の私を見る目が変わった。
何の思いも感じない瞳から、嫌悪と拒絶のこもった瞳へと…
この世間知らずな男はようやく私たちの正体に思い至ったらしい。
まったくもって鈍い男だ。
私の名は知らずとも、フェルディーンの名は聞いたことがあろうに…
妻となるやも知れなかった娘の名だ。知らなかったとは言わせぬ。
まぁいい…私がここにいるのは、かつての聖女に後々起こる危険を回避するよう頼まれたからこそ。
それが終われば、以前と同じく2人でどこかへ消えればいいだけの事…
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用事を思い出して父上の私室へと向かう。
扉を叩き、返事を後に入ると、机の上に小さな球が1つ転がっている。
…どこかで同じ光景を見たことがあったような…
そう思って考え込んだ私に父上が「何か用があってきたのだろう?」と言葉を促す。
あの子がまた出ていったことを伝え、いない間の補助をお願いする。
承諾の言葉を受け、自室へと戻った私は考え…そうして思い出した。
ずっと昔、あの子が戻る前に起きた私自身の結婚話を…
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「フェルディーンをエルディアの王子に…」
そう聞いた時、私は耳を疑った。
今は遠い過去の情景となった美しいエレクティア王国の自室。
騎士団長も勤めていた私は、ついさっき聞かされたその言葉を頭で繰り返していた。
長旅から王子が戻ってきたと聞いた王は、大喜びして文をしたため、エルディアへと送ったという。
そう…今やあの国の王位継承者は、まだ戻らぬ王女。
王子はすでにその権利を失い“申し子”として、青き月デュエルの最高司祭として…
“狂気に見入られし王子”という悪名とともにその名をとどろかせている。
そんな男にフェルディーンを何故渡さなくてはならないのか。
彼女にもっとふさわしい男が側にいるというのに…
じりじりと胸の奥底で王に対する黒い物が湧き上がるのを感じる。
それから数日後、エルディアの第二女王…聖女エルアラが私の元へやってきて告げた。
遠き未来の私の役割と遠からぬ未来に王女が見出されることを。
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「父上…エレクティアの王女と会えとはどういう事ですか」
今ではこの国の継承権を持たない私と娶わせたところで、相手には何の得も無いはず。
「向こうからそう頼まれたのだよ…お前をエレクティアの王として迎えたい、とね」
性質の悪い冗談…間違いだと一瞬思った。
だが、父上の沈黙がそうではないと語っている。
「バカな!あの国には王子がいるでしょう。
私と同い年だと聞いています。何故私を迎え入れる必要が…!」
声を荒げ、食って掛かる私を片手で制し、落ち着くように言った父上は言葉を続ける。
「もしかすると…“魔に染まりし者”とエレクティアが戦っている事に原因があるかもしれん」
「そうです。かの王子は先頭で戦っていると…
その様に守るものを差し置いて、何故私が王とならなくてはならないのですか」
父上の瞳が鋭く光る。
「お前があの国の王なら、魔に染まりし者とどう戦う」
「それは…申し子の力で…」
「そう、向こうはそれが目的だ」
それなら、そんな手を使わずとも…以前に助力を申し出た時そのまま受けてくれればいいものを、
申し子の力はエルディアのみの物ではない、それは誰もが分かっているだろうに。
そう考えたのが分かったのか、父上が深々とため息をついた。
「あのひねくれ者は人に頭を下げるのを極端に嫌うからな。
変なところで人に染まりすぎている…
継承権を失ったお前を王に据えるという条件を出して、力を貸してもらおうと言う魂胆だろう」
それに…と言葉を続けかけて沈黙する。
「まぁいい、ともかく会うだけあってみなさい。
あの国には、かつての騎士団長を我が国の王として迎え入れたという経緯がある。
無下に断るわけにもいかんだろう」
「分かりました…」
そうは言うものの、納得できないし、
必死だろうに、こんな風に切り捨てられようとしている向こうの王子に対しても心苦しい物を感じる。
「ジーラ…相手はフェルディーン・R・ロートシルト王女だ。
お前の事だから、グラフノーンの王女以外の名はほとんど記憶に無かろう?」
「失礼します!!」
言外にからかわれたと知って憤然と退出する。
…結局その話は無くなった。
何故なら、エレクティアは“魔に染まりし者”によって滅ぼされたから…
会うはずの王女も、その兄王子も…エレクティアの王族全てが生死不明。
力を暴走させた私が、正気に戻った時にはもう全てが終わっていた。
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弟とも思っている男を傷つけ、今まさに彼女にも手をかけようとしている“魔に染まりし者”…
私の力は光に属していて、”光の魔力”に耐性を持つ魔将軍フィーライダには何の力も持たない。
それでも、唯一知りうる邪法を唱える私に魔将軍は嘲りの笑いをけたたましく響かせ叫ぶ。
「そんなもの、お前の力じゃこの私にかすり傷すら負わせられないよ…!」
だが、このまま無抵抗でやられるよりは…
そう思い、そのまま力を放った私の体に異変が起きたのはそんな時だった。
全身がカッと熱くなり、止めども無い破壊衝動が沸き起こる。
「…っく…」
全てを粉々にしてしまいたくなるのを押さえて、邪法を放つ右腕に集中すると、
その全てがそこに集まり巨大な闇を生み出し…
表情を変える間もない魔将軍を飲みこんで、次の瞬間には何もなかったかのように消えうせた。
「何が…起こったのだ…」
呆然とつぶやく私に、水晶からその身を開放したフェルディーンが告げる。
「魔力が闇へとかわってしまったのです」
「闇に…魔力が?」
闇の魔力…それは、ダークエルフやエルシャントといったものが持つもの。
私が今まで持っていた魔力とは全く正反対の…
「ファルエスタ…」
そのつぶやきに我に返る。
「そうだ…ファルエスタは?」
地に座り、傍らの男を優しく抱き起こす彼女の瞳には涙がにじむ。
「フェルディーン…」
何が言いたいのか分かったのか、ゆっくりと首を振った。
「そうか」
目を逸らすように見れば、あれほど必死になって守ってきたものは見る影も無い。
無数の屍に黒く煤けた城…その中からは生命力が一つも感じられず、
あれほど美しく咲き誇っていたはずの花々も踏み荒らされ…
「お兄様…」
「あぁ…そうだな。彼をこのままにはしておけない」
彼の体を抱え、奇跡的に助かった木の下に埋める。
私がやってきた事はなんだったのだろう。
こうなるのならば、フェルディーンとファルエスタだけでも逃がしてやれば…
そう。国なんてどうでもよかった。二人さえ無事でさえいてくれれば、それで私の心は穏やかだったのに…
だが、もう全ては終わりだ。
立ち上がり、言葉を紡ぐ。
「風よ炎よ…我らの過去を封じてしまえ。
永遠の闇の中、廻り続ける歯車を止める神…ノストラドゥの名において」
その刹那、風が炎を運び目の前にある全てを焼き尽くしていく。
「お兄様…なんて事を…!」
私が祈った神の名に悲鳴を上げた彼女に私は告げた。
残酷なまでの私の真実、これからの運命の1つを、
「フェルディーン。
私はもうエレクティア王子でもなければ、お前の兄でもない…それでも付いて来るか?」
訊ねる私の瞳をしっかりと見て彼女は頷いた。
「・・・はい、シャトー」
結果はわかっていた。
運命が運命たるには彼女が私の側にいなくてはならないのだから。
共にあるがゆえの…かの聖女ですら口にはしなかったもう1つの運命…
それを知った時、彼女は分かっていながら黙っていた私をどう思うのだろうか。
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なぜあの男は永遠を誓う者を他に見出せなかったのだろうか
片翼となる者はただ一人
それは私とて同じ事。だが…
なぜあの男は永遠を誓う者を他に見出したのだろうか
片翼となる者はただ一人
それならば、他にそれを求める事は偽りに過ぎない
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エアトルとシャトーとの対比を狙ってみたつもりですけど、酷く読みにくいし…暗い(汗)
どちらにせよ、彼らにとっての同じ力同じ存在意義を持ち、その定めを分かち合う相手とは妹一人です。
シャトーはその妹であるフェルディーンに全てを望み、ファルエスタがいなくなったこともあって彼女を選びました。
同じく妹だけが…と分かっていても、永遠ともいえる時を過ごす女性にはフェリアを選んだエアトルは、
自分と似ているシャトーの、その思い・行動を“許し難い”と思ったわけですね。
人を悪感情を持つ事を極端に嫌うようになった彼が、シャトーにだけはあからさまな嫌悪感を示すのはこういった経緯からです。
逆にシャトーから見たエアトルというのも複雑なのですが…
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