□ メイド服顛末記 □
NOIの開拓地の家で、朱蓮のクエストへ行ってみようと準備をしている時の事だった。
「サーラ。これをねこの所まで持って行ってくれないか」
ぽんっと渡されたのはメイド服を含む、明らかに女性用と思われる装身具。
こんな物を持って世界移動なんてしたら…
考えるに恐ろしくなってくる。
「なっ…冗談じゃありませんよ。エアトル様がご自分でお持ち下さい」
そのまま押し返すとエアトル様は顔をくしゃっとしかめた。
「…ここまで持ってくるのすら嫌だったんだ。頼むから…」
「私だって嫌です」
頼むと言われましても、私とて男ですから、そんなもの持ち歩きたくないです。
そう続けるとエアトル様は私を恨めしそうに見る。
「…昔、女性に間違われ続けた事を皆にバラすぞ」
脅す気ですか。
何だかフレイア様に脅されるフォルク様の気持ちが分かったような気がしますね。
『フォルっ、これお願い♪
もし聞いてくれなきゃ分かってるよね?』
なんて…あの方しょっちゅうフォルク様を脅してお願いしてるからなぁ…
「サーラ…」
じ〜っと私を見上げるエアトル様。
「ま、そんなことはもう時効ですよね」
にっこり笑って答えた。
こういう時は弱みを見せた者が負けですね。
「じ…時効?」
思いも寄らない言葉だったのか、エアトル様は絶句。
「えぇ、だってそれは何年前の話です?
私があなた方に出会った当時の事でしょう?その時私はまだ823歳。
…お忘れですか?」
本来、エルフというものは途中までは人間と同じ成長を遂げるもの。
二十歳程度で一度成長が止まり、その後、我々の場合はもう一度成長期があって…
私の場合はそれが遅く、エアトル様たちに出会ってからしばらく経ってそれが訪れた。
成長世界で描かれているエルフたちは20までの成長でほとんど完全に姿が出来あがるらしいけれど。
「忘れてない…覚えてる…」
次はどう攻めよう。
絶対にそう考えているに違いないエアトル様は眉をぎゅっと寄せてうなっている。
「それよりも、エアトル様こそ近頃よく男性に声をかけられてるじゃないですか」
先手必勝。とばかりにいくつかの名前を挙げてみる。
この世界に来てから女性とほとんど話して無いのを私はもちろん知っている。
「そ、それはだなっ、ただ知り合いだからであって…」
「ふふ…エルシャントの3王子…ルフィウに“女性だったら国に連れて行くのに”って言われたそうじゃないですか」
「何でそれをっ!?」
「ご本人から直接聞きましたから…
“お前の嫁さんより、気が強いなあいつ”とおっしゃってましたよ」
ルフィウ…ルシフェル。彼はエアトル様に負けて以来、ずっとエアトル様に勝つ事を夢見ている。
彼を見ていると、私の妹フループがもう1人いるような錯覚に陥るんですけどね…
あまりにも行動パターンがそっくりで。
「あいつめ…どうしてくれようか」
エアトル様が怒りに燃えた目で壁を睨みつけている。
うーん…ちょっと失敗だった…かなぁ。
「結界を張ってエルディアに来れんようにして…
いや、それじゃ生ぬるいか、いっそのことカタストロフィで…」
エアトル様がぶつぶつと呟くのはなんとも物騒なことばかり。
…ルフィウ、すみませんね。
今度来た時にはまず間違いなく、最強魔法カタストロフィがピンポイントで強襲です。
エアトル様の怒りがこもる魔力を受けて、いつもより何割か増しの威力になってるかもしれませんが、
これまで何度も避けた事ですし、今回も頑張って避けて下さいね…
この場に居ない彼に心の中で呟き、私はサークルの中からいくつかの武器を取り出した。
「現時点でそんな方がおられるのですし、いつかお付き合い下さいって方も現れるかもしれませんよ」
「まさか…」
そう言うものの、エアトル様の顔は見るからに青ざめている。
準備終了。さて…
「と、いうわけで私は朱蓮に行って来ますね」
選び出した武器を身に付け、私は外へと向かう。
「ひ、卑怯だぞっ!!逃げる気かっ!?」
エアトル様が“それ”を持ったまま食って掛かる。
「逃げる?違いますよ、元々出かけようとしていた所だったのをあなたが引き止めていたんですよ。
ですから“予定通りにでかけようとしている”だけです。じゃぁそういう事で」
どう反論すべきか、一瞬分からなかったらしいエアトル様が呆然としている間に、私は家を飛び出していた。
…確かに、逃げだと言えば逃げ、なんですけどね。
しばらくして戻ってきてみる。
エアトル様は居ない…
「あぁ、戻ってきたな」
「うわっ!」
部屋の中で片付けをしていたらしく、物の山から現れたエアトル様。
「そんなに驚く事はないだろう」
いないと思っていたのが、いきなり現れれば誰だって驚くでしょうに。
そう言いかけやめる。
「それで、あれは持って行かれましたか?」
クエスト中も実は気になっていた事を訊ねてみると『待ってました!』とばかりにエアトル様はそれを取りだし、
「そっちから聞くということは持って行ってくれるな」
と私の手に押し付けた。
…こ…この方はっ…
即座に手を後ろに回したエアトル様に押し付け返す事も叶わず、私は顔を引きつらせる。
「本当に頼む。朱蓮からここに持ってくるまでに十分懲りたんだ」
よほど嫌なのか、私を拝み倒しにかかる。
「だからって、同じ男である私に押し付けますか??」
「どうしても本人がこなくてはならない物でもない以上、ねこの足でここまで来させるのは酷だろう?」
…確かに。
「仔猫である彼女にここまで取りにこいとは言えないですね」
「あぁ…人の姿をとったらとったで、また別の心配もあるし…」
そういえば、エアトル様は一時期、
『ねこが襲われた!』とか
『ねこがコレクターに狙われているようだ』などとやたら心配なさってたっけ…
そういえば、彼女が人の姿をとったときは何となくシェアラに似ているような。
それを考えると、私かエアトル様が持って行くしかないか。
しかし、エアトル様は激しい拒否反応を示している。
…ん…待てよ?
ある事を思いついて、私はこれの処分を決めた。
「…わかりました。私が届けましょう」
その言葉にエアトル様は見る間に晴れやかな顔へと変わった。
…本当にそういう所がフレイア様そっくりなんですよね…
「すまない、ありがとう」
「ただ、一つお願いがあるんですけど、よろしいですか?」
エアトル様に笑いかけて、さりげなく聞いてみる。
「あぁ、それを持って行く事以外で、私に出来る事なら何でも聞こう」
そうエアトル様が勢い込んで言うのに頷く。
「じゃ、これ着てみて下さい。今すぐに」
「え…?」
おそらく、その時の私は悪魔の様な笑みを浮かべていたに違いない。
明らかに引きつった顔のエアトル様に、更なる笑みを向ける。
「大丈夫ですよ、これは着用者の身体に合わせてサイズが変わるでしょう?
破れたりはしません」
『そういう問題ではない!』と言いたげなエアトル様にとどめの一言。
「エアトル様…先ほどおっしゃいましたよね“私に出来る事なら何でも聞こう”って」
「う゛っ…」
しまった…余計な事を、と口には出さないけれど、その表情がそれを物語っている。
「私は下手をすれば不特定多数の人間に見られるんですから、それぐらいは飲んでいただかないと」
苦虫を潰したような顔でしばらく黙り込む。
そうした重い静けさがどれだけ続いたか、エアトル様はがっくりと肩を落とした。
ふふ…覚悟なさった様ですね。
「…一つだけ条件を付け加えさせてくれ…」
うなだれたまま暗い声で呟くエアトル様。
「何でしょうか?」
“私にも着ろということ以外なら言って下さい”と付け加える。
「いや…そんなことは考えもしなかった。その…浴衣も持って行ってくれ」
ふぅむ…エアトル様の方がフレイア様より幾分素直かもしれませんね。
フレイア様なら黙り込む前に『じゃ、もう一つ条件。サーラも一緒に着てよね』ぐらいはおっしゃいます。
「まぁ、それぐらいは構いませんよ」
浴衣ならさほど変な物でもありませんし。
かくして、私はエアトル様のメイド服+α姿という世にも珍しい物を見る事に成功したわけです。
…でもね、エアトル様。一つだけお忘れですよ。
“世界移動の時に自動的に身につけるのはその中で一番頑丈なもの…ってことを”
日記で彼が悩んでいたメイド服はこうしてサーラに運ばれました。
鬼です、サーラさん(;w;)
でも、エアトルよりもサーラの方が演じやすいのも事実(ぇ
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