□ 月に一怪我 □
「ご主人様っ、左足を見せるでしっ!!」
「うわっ!こらよせ!」
ねこにいきなり襲われて、なすすべもなく我ながら痛そうに見える傷が露わになる。
私が本気になれば、ねこを放り出すことぐらいたやすいけれど、そんなことは大人気無い…
「〜〜〜〜っ!?」
傷を見たと思しき瞬間、ねこの目が丸く見開かれ、ぶわっと鳥肌が立つ。
ねこ本来の姿なら、しっぽが膨れ上がっているというところか。
「ご、ご、ご…ごごご主人様ぁっ、これっ」
相当、動揺してるのか、言葉が出なくなっているらしい。
「あぁ…これな…」
とねこを見れば涙目。
「お前が怪我をしているわけではないんだから、何も泣かずとも…」
見た目はかなり…だがさほど痛むわけでもない。
「でもっ、でもこんなに真っ黒…」
ふむ、言われてみれば黒くなってるな。
初めは赤く、1・2日経った時点では赤紫…今はそれに黒が侵食。
「ま、しばらくすれば治るだろ」
立ち上がり、ぽんっとねこの頭に手を乗せる。
…まったく子供というのは怖いものだ。
他に誰も…特に女性がいなかったのが救いだな。
「どうして、そんな怪我をしたんでし?
向こうの世界ってそんなに危険なんでしか」
この怪我はエルディアに戻ったときに負ったもの、
“ねこの疑問には一応答えなくては…”と私は今回戻ったときの話をすることに…
「父上、たまには遊んでくれないかなぁ…」
その言葉を受けて、私はエルディアに来ていたフェリアとシェアラの2人と中庭へ出ていた。
2人の手にはラケット。
成長世界ではバトミントンというのが一番近い遊びだな。
ただ…向こうと違うのはラケットの線が純粋な魔力で作られることと、シャトルの先が多少大きいぐらいだろうか。
魔力の調整で線の張り具合も決まるため、ラケットにはかなり個性が出る。
「おぅぃエアトル。ちょっと手伝えや」
2人が打ち合うのを少し離れた位置で見ていた私に、山のような荷物を抱えたソルティーが声をかけてきた。
「あぁ…構わんが」
2人の痛い視線を背に受けつつ、ソルティーから荷物の半分を受け取る。
「悪ぃ。ちょっとこいつ借りてくな」
「すぐ返してね」
即座にこんな返事を返すフェリア。
こら、私は物じゃないんだぞ。
私の顔を見て、ソルティーが笑いをこらえてるのがありありと見て取れる。
「笑いたければ笑えばいいだろうに」
「いやいやいや…。けど、相変わらずあのお嬢ちゃんには弱いなぁ…」
「仕方ないだろう。あの子を叱るのと同じように言うわけにもいかん」
「そんなもんかねぇ…
あ、それよりも手伝ってもらって、すまねぇな。
何度も行き来するのがめんどくさいから、少し欲張って持ってきたら前が見えねぇんでやんの」
これが少しか?
そう言いかけて口をつぐむ。
ソルティーなら確かに少しかもしれん…
練習所に運び込むというそれらを運んでいると、少し調子外れの鼻歌が聞こえてくる。
「るんたったらる〜ん♪」
「…すんげぇ歌」
ぼそっとソルティーがつぶやくのに同意しかけたその時、突き当たりから一人の男が現れた。
私より幾分薄い色合いの金髪…フォルクだ。
「おやぁ…?エアトル様にソルティー。2人で荷物もちですか」
まさか、今のはフォルクか?
「お、おい。今さっきの“るんたったらる〜ん♪”ってのはお前?」
ソルティーが私の疑問をそのまま口にする。
「えぇ、そうですよ」
ぼたばさどさっ!!
ソルティーの手から荷物が零れ落ちる。
「あぁ、大丈夫ですか」
フォルクが落ちた荷物を拾い上げソルティーに返す。
「いや、あのさ。お前…一応吟遊詩人じゃなかったっけ…?」
まだ半分ほど正気に戻れきれてないといったソルティーがつぶやく。
「えぇ、それが何か?」
「…さっきの調子外れの歌は到底そうは思えなかったぞ」
私の言葉にフォルクは大笑い。
「そりゃぁ…私だっていつもまともに歌ってるわけじゃないですよ」
たまにはあえて調子をはずして歌ったりもしてます。
と続けるフォルクだが、あれを聞かされた直後ではな…
「信じるか信じないかはそちら次第。
あ、私はラーガイアに一度戻りますから」
では、また後ほど…
と言い残してフォルクは転移陣を使うのか、王宮内にある自室のほうへと歩いていった。
「…行くか」
「そだな」
なんとなく狐に化かされたような気持ちになりつつ、目的地へと辿り着き、荷物を2階にある倉庫へと運び込んで、一息つく。
「あ〜助かった。ありがとな」
にぱっという形容がぴったりくる笑顔でソルティーが言う。
「今度は無理なく運ぶようにすることだな」
「可愛げねぇ…」
…可愛げなくしたのはお前たちだろうに。
「すぐ2人んとこに戻ってやるんだろ?
あ〜…シャトルが引っかかってら」
その言葉の後半は2階から見える中庭を見てのことだが…
「引っかかってる?」
「あぁ、ほら」
私もその窓から覗いてみる。
確かに木に引っかかってしまってるようだな。
「ん…?」
よくよく見ればフェリアが呪文詠唱に移っている。
「あれは…」
「どうした?」
あのやたら複雑な詠唱準備は確か…
「Fly…!?よせ、フェリア!」
「うわっ!エアトルっ!」
ぐわぁらがっちゃんっ!!
開いていた窓から思わず飛び出した私は自然の法則にしたがって落下。
「っつつつ…」
「父上っ!」
「エアトル、大丈夫!?」
さすがにあれほど大きな音を立てれば、この中庭であっても聞こえたらしく、2人が駆け寄ってくる。
いつもなら、それこそFlyなり何なりでどうにかするのだが、
今回はあまりにも落下までの時間が短すぎて、受身すら取れなかった。
「大丈夫かぁ〜?」
ソルティーも降りてきて私の手を取り、助け起こす。
「あ、あぁ…大事はない…」
とはいえ、ぶつけた場所はずきずきと痛むわけで…
「エアトル、本当に大丈夫?痛むところはない?」
半分泣きそうなフェリア…
む…何だかねこにも似てるような…
ぶんぶんと頭を振ってその考えを追い出す。
「あぁ、多少は痛むが…心配するほどのことではない」
「でも、どうしてそこから落ちたりしたの…?」
私が落ちたときにソルティーが上にいたことで、何が起きたかおおよそ見当はつけているらしい。
…君のFlyが怖かったからといったら怒りそうだな。
何と言うべきか…
「エアトルはフェリアに危険なことをさせたくないんだよ」
にやっと笑いながら、ソルティーが言う。
あぁあ、余計なことをっ!
「だって、木登りなんてもん、生粋のお姫さんがすることじゃねぇだろ。
落ちて怪我なんてしたら、大変だしな。なぁ、エアトル」
…そうきたか。
危険は危険なんだが、危険違い…
ソルティーも下手なことを言って地雷を踏むような真似はしたくないというわけだな。
「あぁ…あれぐらいなら私が何とかする。
だから、魔法を使おうが使うまいが、木登りなんてしないでくれ」
フェリアが首をかしげる。
「あのね、私…木登りをするために呪文を唱えようとしてたんじゃなくて、シャトルにかけて取ろうと…」
それでも同じだ。
私にとってはフェリアのFlyそのものが怖い。
以前使ったときには根こそぎ浮かび上がって、危うく桜が全滅しかかった。
「でも、心配してくれたんだよね、ありがと」
私の内心を知らずにフェリアが無邪気に微笑む。
…何となく罪悪感が…
そうして話は、今に戻る。
私の話を聞いたねこは、着替えた私の左足…酷い内出血を起こしている部分に手を当てている。
片手ではカバーしきれないので両手を当てているのだが…
「熱いでしね…冷やさなくていいんでしか?」
「あぁ、湿布なんてものは邪魔なだけだからな…」
かといって、こんなもので魔法を使ってたりしたら基礎治癒力が衰える。
とりあえずは治るまで放っておくしかないんだが、ねこにはそれが不満らしい。
…ねことフェリア。
性格が似ていると、今回のことで何となく感じる。
つまり、フェリアにこの怪我を見られなかったのが幸いだったと…
見られていたなら、しばらく付きっきりで看護といったあたりか。
これは、目立たないぐらい治るまではうかつに戻れんな…
何だか月に1度は怪我をしているプレイヤーのお話(w
先月の右手もまだ治ってないのに、今月は左足の巨大内出血。
私の場合は内出血しやすいのでちょっとぶつけただけでも酷くなります。
直径13cmの変色に15cmの平方に及ぶ腫れには絶句しますよ〜(ほんとにどす黒いんだもの(^^;)
ふふ…エアトルが着替えた後の姿は人には見せられません。
何せ内出血した場所が太腿の上のほう…ショートパンツでもはかない限りまともに見えませんから(ぇ
それはそうと、子供って怖いもの知らずですよね(謎)
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