■ 古き友人たちへ ■


 出会いもあれば別れもある、遥か遠く海を隔てた国で出会った3人の若者たち。
 1つの出来事から始まった彼らとの旅は、長き月日が過ぎた今でも忘れる事が出来ない。

 引き出しの奥から出て来た手紙の束。
 これらはそのうちの1人、アーフェルから我々に宛てて送られた物だった。
『こういうもんの管理ってお前得意だろ、代表で預かっててくれよ』
 そう言ったルフィウがあの時を思い返す事はあるのだろうか。


 あの時、あの瞬間。
 あらゆる光を吸いこみそうな黒き刃を向けたその手は震えていた。
「ルフィウ」
 思わず一歩踏み出した私に彼は淡々と言った。
「1度はお前に頼った。今度はオレがやる」

 左手をくいっと引かれ、そちらに向くと妹が首を横に振った。
『私たちが手出ししてはいけない』
 それは分かっている。
 けれど、あの男が今やろうとしているのは、私にとって手を掴んでいるこの子に剣を向けるのと同じ事。

 “いいのか?本当にこれで…”

 悩む私の耳を打つ、ルフィウの最終宣告。
「よぉ、やっとここまで来たぜ。
 …本当に、長かったよな。でも、これで終わりだ」
 すっと、剣があがり、切っ先がぴたりと心臓に向けられた。その手はもはや震えていない。
「あんたの願い、オレが今叶えてやる」

 その後、彼らの戦いがどうなったのかは私自身よく分からない。
 何故なら、ぶつかり合う大きな二つの闇に惹かれるように現れた魔物たちを相手取るのに必死だったからだ。

 魔物が消え、周囲を見回すと遠くに倒れている2人の姿が目に入った。
「ルフィウ!」
 肩を掴んで揺さぶると「うるせぇ…」と小さな返事が返ってきた。
「生きてたか…」
「死ぬ気なんかさらさらねぇよ」
 “よいせっ”と立ち上がったルフィウは側に倒れていたもう1人を眺めやった。
「割れちまったな」
 眠るように目を閉じている男の周囲に飛び散っていたアメジストを、1つ1つ拾い上げルフィウは呟いた。
 それは彼の兄の額に輝いていたものだった。
「…本当によかったのか?」
 今更だが問いかけると、邪気のない笑みを浮かべた彼は答えた。
「これ以外のエンディングなんて…オレには思いつかねぇよ。
 さぁ、あいつら起こしてとっととこっから脱出だ。兄貴がいなくなったこの空間はそんなに持たねぇ」
 あいつら…指差された方を見ると、疲れきったのか倒れこんでいる3人と、それを抱き上げようとしている3人の姿。
「何だ…起きているのは我々5人か」
 呟いた私にルフィウは吹き出した。
「あいつらが生き残ったってだけでも本当はすげぇぞ」
「まぁな」
 ここまで一緒に来た仲間たちの方へと2人並んで歩いて行き、私は最後にもう一度振りかえった。
 その胸に突き立てられた黒い十字架が墓標の様に見えた。


「あいつにとっては思い出したくない事なのかもしれないな」
 思い出した後にため息をついて、手紙を束ねていた紐を解いた。
 そこには、その後の彼らの事が詳細に書かれている。

 国に戻ってから持ちあがった結婚話に始まり、サリューガの出奔。
『帰ってきたと思ったら、あっという間にいなくなっちゃって、困った物です』
 アーフェルはそうコメントしているが、シーダルの意見はまた違った様だ。
 もちろんサリューガもずっと帰ってこなかったわけではなく、数年後ひょっこり帰ってきたという。
 それも、次代の赤の長を連れて…
 手紙を埋めるのは満ち足りた日々の出来事。帰ってからの彼らは本当に幸せだったのだろう。

 そう、彼らがルフィウとサタナキアの関係を知る機会は生涯に渡りなかったようだ。
 私はそれでよかったと思う。
 3人にとってのサタナキアは、自らの民を苦しめた憎き妖魔。
 これで再び平和になると、手放しで喜んでいたものにわざわざ影を落とす事はない。
 時には知らずにおくほうが幸せだという事もあるのだ。

『また、いつか会える日が来る事を楽しみにしています』
 1通を除いて手紙は、いつもそう締めくくられていた。

 彼女たちが生きた時は人間にとって遥か遠い過去の事。
 けれど、我々は覚えている。
 もう、会う事のない友人たちと生きたその時を、微かな胸の痛みとともに。

 そして、彼らが愛し守った国は今もそのままであり続けている。




同じ時間を生きるはずだった2人の別れと、穏やかに流れた時の中での別れ。
どちらも最終的には死による別れなのですが…
思い出として昇華出来るかどうかは“それまでどうやって付き合ってきたか”が大きく関わるのでしょう。

エアトルが一緒に旅をした事がある人間というのは、CSの3人と『赤と青の追跡者』の2人。
時間軸は『追跡者』の方が前なのにも関わらず、CSの方が思い出として語りやすい部分が(汗
恐らく『追跡者』があまりにもどたばたしていたせいか…

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