疲れるお使い


 かなり大きめで…炎のような物が表面を覆い尽くしているのだが、手で触れても熱さを感じない。
 揺らめく紅に物に近づけても燃えてしまう様子もない…

 そんな不思議な羽を2枚、ミナス=イシルの部屋へと戻る途中で手に入れた。
 危険性はないようだし、うち1枚をビオラに。もう1枚は…そうだな、サーラにでも渡すか。
 これだけ見事な羽であれば、“何か”あった時にあの子の気をそらすことぐらいには使えるだろう。
 そんな風に考えていた最中、ちょうどよくFortuneへやってきたビオラに使いを頼む。
 思った通り、彼女はこの羽に多大な魅力を感じたようで、
「1枚は自分の物にしていい」と告げると、真っ赤な顔を力いっぱい上下に振った。

「いいか。寄り道はするんじゃないぞ」
 2枚を渡して、よくよく言い含める。
 近頃、どうも好奇心が以前にも増して旺盛になったようで、少しでも目を離すとあっという間に危ないところへ出かけてしまう。
 あの世界にそれほど危険があるとは思えないが…念には念をというやつだ。
「あぃっ!行ってきまし!」
 羽を握り締めて、彼女は元気よく部屋を出ていった。
 元気なのはいい事だ。
 もっとも過ぎる部分があるのは困る……誰の影響だろう?


 ところが、元気よく出かけていったすぐ後のことだ。
 一瞬だったが、全身を針で刺されたような痛みに襲われ、私は息を詰まらせた。
「これは…何かあったな…」

 安全に見えたあの羽は、実のところ危険なものだったのだろうか。
 それとも、言いつけを破ってどこかへ寄った?

 四六時中、意識を繋いでいるわけにはいかないので、詳細が分からない。
 “現地にいるサーラの方なら事情が分かるはずだ”
 そう思い、サーラに声を届けようとするが、なぜかビオラを通して送れない。
 寝ていようが気を失っていようが関係ないはずなのに。
 “まさか…”
 思い至った私はさあっと全身から血が引くのを感じた。
「落ち着け…まずは連絡を取る方法だ…」

 そう。よく考えれば…


  *


 遠くの空で何か赤い物が一瞬散るのを見た気がしました。
 大地に縫いとめられそうな強い圧迫感も感じられたせいか、胸騒ぎが止まりません。
「あれは…何かあったのでしょうか」
 見に行こうかと思ったその時、ぐるちゃんがぱたりと倒れました。
 そうして、おもむろに立ち上がり…

「サーラ!」

「うわっ!」
 近寄りかけたものが、思わず壁際まで引いてしまいました。
 何せ、ぐるちゃんの口から飛び出た声はエアトル様の物だったのですから。
 16、7の少女から放たれた明らかに男性と分かる…それも威圧感に満ち溢れた声。
 その違和感といったらもう…眩暈がしてへたり込んでしまいそうです。
 そんな不意打ちのような声でしたが、緊急事態だと知らせるにも十分でした。
 何せ、いつものエアトル様ならこんな回りくどい真似をせずに、頭に直接声を叩き込んでくるのですからね。
「一体どうなさったのですか」
 おそるおそる問いかけますと、わずかに上ずった声が返ってきました。
「ビオラが…そっちで何があったか分からないか!」
「ビオラちゃんですか…?」
 Dixへ来たのは世界にあまねく響き渡る“声”で分かってますが、今のところそれ以外に彼女に関わる情報は入ってきてません。
「いえ、何も…」
 言い掛けて思い出したのは、先ほどの赤い何か。
 もしかしたら、エアトル様がいうのはその事かもしれません。
 “あの方角にある物は…”
「少し、見てきます!」
 ある事を思い出した私は、ゲートを使ってその場所へと急ぎました。
 仮にビオラちゃんがそこにいて、何かに巻き込まれたとしたら…彼女には何も出来ないのですから。


  *


 ご主人様のお使い。
 わたしはクラウドさんに羽を渡しに街道を歩いてたでし。
 ご主人様に寄り道しちゃダメだって言われたから、今度はちゃんとまっすぐ行くんでし。
 1番近いのは砂漠を通っていく道かなぅ…?
 でも、この間ねずみさんに砂漠のお話をしたらとっても怒られた。
『あそこはダメよ!あんたなんかさくっと一刺しでやられてしまうわ!』
 刺されたり噛まれたりすると痛いだけじゃなくて、持ってる毒でとっても苦しくなるんだそうでし。
 砂漠にいる生き物がどれだけ怖いものか、ねずみさんは一生懸命お話してくれた。
 だから、今日は道をずーっと歩いていくんでし。
 遠回りだけど、ご主人様だって寄り道なんてきっと言わないでし。

 ボッ!

「…にぅ?」
 羽の1枚が急にぼっと燃え上がった。まるでストーブでいたずらしたみたいでし。
 “でも、やっぱり熱くならないんでしね”
 不思議に思ってたら、ものすごく変な人が目の前に現れた。
 くるくるくるくると火の玉がその人の周りを飛び回ってまし。
「ヒャッホウゥ!!」
 “おばけさんにしてはとってもにぎやかそうな人でし”
「アンタ只者じゃねぇなー!」
「にぅ?」
 何の事かさっぱりなんでし。
「とりあえず、俺様が相手だ!」
 変な人が叫ぶと、火の玉の1つが大きくなってわたしに襲い掛かってきまし。
 避けたくても、ものすごく大きくなって渦を巻き始めた炎から逃げられる場所はどこにもないでし。
 じゅっと音がして、お肉をぶすぶすに焦がした時の嫌な臭いがした。
 ぶわっと風がかかった顔はチリチリするし、吸いこむ空気もとっても熱いんでし。
「まーだまだー!!」
 大きく笑った変な人がもう1度炎の嵐を作ろうとして…


 目を開くとそこは今まで見た事がない、初めて来た場所でし。
「にぁ…」
 ごしごしごし。
 ぱたぱたぱた。
 身体のあちこちを触ってみるけど、どこも痛くない、もう熱くない。
 何だか…助かったみたいでし。
 “あの怖い人はどこ行ったのかなぅ?”
 またどこかで会ったりしなきゃいいんでしけど。
「…ここはどこなのかなぅ…?」
 白い壁に囲まれた部屋には扉が1つあって、窓は1つもなくて。後はゲート1つとサークルがいくつかでし。
 “うーん…ゲート使ったら帰れるかなぅ…?”
 だけど使ってみて、さっきみたいにまた何か変な事が起きても嫌でし。
「ビオラちゃん!」
 じ〜っと見ていたゲートからクラウドさんが飛び出てきた。
「にゃ」
「どうしてこんなところに…!」
 真っ青な顔をして駆け寄ってきたクラウドさんは、わたしをぎゅぅっと抱きしめて、すごい早口で言った。
「怪我はありませんか?どこか具合が悪いとかは…」
 勢いに押されるようにして首をぶんぶんと横に振ると、クラウドさんはほぅっと息をついた。
 ものすごく心配してたみたいでし…よく分からないけど、とっても悪い事をしちゃったでしか?
「ここは…いえ、本当に無事でよかった。早くここから出ましょう。エアトル様も心配してらっしゃいましたよ」
「ご主人様もでしか?」
 すぐ「大丈夫」ってご主人様に言おうとしたけれど、うまく行かない。
 “何かに邪魔されてるみたいでし…”
 困ってクラウドさんを見上げると、少し首をかしげてから「あぁ」と呟いた。
「ここは少し特別な場所ですからね、外とは空間が切り離されているのかもしれません。
 それに元気な姿をしっかり見せる方が、エアトル様もより安心されると思いますよ」
「あぃっ!」


  *


 連絡を取れてからそれなりの時間が経ったつい先程、ビオラとの同調が可能となったことにエアトルは気付いた。
 と同時に、彼女が今自分のいる世界へ向かう船に乗っているとも認識する。
 それはつまり、ビオラが無事だったということに他ならないのだが…
「私は魔術師だ。これぐらいのことで理性を失って…」
 言い聞かせる様に呟く彼の足は、言葉と裏腹に部屋の中を行ったり来たりするばかりだ。
 頭では理解していても感情面ではどうしてもすっきりしないらしい。

 苛立ちが頂点までもう1歩というところに達した頃、ここぞという瞬間を狙い済ましたかの様に扉が開いた。

「ただいまでし!」
 非常に元気な声が部屋の中に響く。
 わずかに開いた隙間から飛びこんできた紫とピンクに彩られた矢は、エアトルをめがけて勢いよく突っ込み、追突された身体は横からの力だったことが幸いしてわずかによろめいた。
 だが、精神的にはかなりの衝撃を受けたようで、いぶかしげに見下ろすエアトルの顔には“通常装備”とまで称される眉間のしわが三本、くっきりと刻まれている。
「ご主人様…怒ってましか?」
 ぐぐっと寄った眉を見たビオラはさっきまでの元気が嘘のように、小さな声で問いかけた。
 彼女の…というよりサーラの予想では、“ご主人様”がここでほっとした顔を見せてくれるはずだったのだ。
 それが笑ってくれるどころか、不機嫌の度合いを示すかのようなしわが三本も。
 しょんぼりしてしまうのも仕方のないことだろう。
「あ…いや、別にそういうわけではないんだが…」
 明らかに落胆の色を見せるビオラにエアトルは慌てて手を振ってみせた。
「本当でしか?」
「あぁ、本当だ」
 彼のしわの原因は、世界移動の告知にすら気付かなかった己のせいで、彼女に含むところがあってのことでは決してない。
 エアトルが力強く頷くと、すっかりしおれてしまっていたものが瞬く間に目を輝かせた。
 そうしてことさら元気よく、彼の足元で飛び跳ね始める。
「よく無事で帰ってきたな」
 何を求められているのか理解したエアトルは、思いっきり手を伸ばすビオラを抱き上げた。
「にぅ」
 望みが叶ってじゃれ付くビオラが大変うれしそうなのに対し、エアトルはここで彼女を落とさない程度に脱力した。

 “疲れた…”

 お使いを頼んだ方が疲れるのも変な話ではあるが、異様な緊張感と不安でエアトルは短い間に心身とも疲れきっていた。
 自らの所属する世界では“任せっぱなし”だった彼だからこそ、ここまで消耗したとも言える。
 と、まぁそれはさておき。
 いつもの覇気が突然消えうせたエアトルの顔を、ビオラは気遣わしげに覗き込んだ。
「大丈夫だ」
 そう言いながらも彼は頼りなく笑いかけ、内心で呟く。

 ―子育ては自分との忍耐勝負。

 エアトルはこの時、幼い頃の自分たちをよく御していたサーラに対して尊敬の念を抱きつつあった。




オチらしきものは特にありません。
ビオラを中心とした各人のうろたえっぷり、親バカっぷり(?)をお楽しみください。
あるでぃんがこの日に活動していなかったのは、今になってみれば少し残念…

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