■ Earth child ■


 嵐の去った海岸…そこから村の方へと、何かを大事に抱えて向かう青年の姿があった。
 彼の名前はオクティム。
 いわゆる冒険者と呼ばれ、彼の場合はその中の魔法剣士に分類される。
「まったくとんだ拾い物をしたな」
 彼が抱えているのは生まれてさほど経たないだろう赤ん坊。
 気紛れで歩いていた海岸で、この子を見つけたのはほんの少し前の事だった。


 赤ん坊の泣き声が聞こえるな…

 広い海岸のどこから聞こえるのかすぐには分からず、籠に入った赤ん坊を発見したのはそれから数分後の事。
「捨て子か…?」
 ところが、赤ん坊に触れようと伸ばした手に鋭い痛みが走る。
 “強力な守りの力が働いているようだな”
 一つ一つの魔法を紐解き、解除していく間に彼はある確信を得た。

 この子は沖からここまで流れ着いたに違いない。
 水中呼吸に始まった、ありとあらゆる守りの魔法に包まれた赤ん坊…どう考えても捨て子ではあるまい。
 これを施した者は推測するに、嵐という緊急事態からこの子を守るためにこれだけの物を唱えたのだろう。

 全てを解き終える頃には、さすがの彼も疲労感をおぼえていた。
 いくつもの力が複雑に絡み合ったこれを施した術者はよほどの魔力の持ち主なのだろうな…
 ただ地の力を強く感じた事を考えると地の魔法を得意とする術者なのかもしれない。

 だが、どうしたものだろう。自分は旅人で帰るべき家も今はない状態。

 “誰かに預けるべきか…”
 だが、この辺りにあるのは人間の村ばかり、エルフであるこの子を育てるのはかなり難がありそうだ。
「仕方ない…ここで同族である自分が見つけたのも何かの運命かもしれない」

 身に付けていた物に、彼女の出自を証明する物を全く見出せなかった彼は呟いた。
「まずはお前に名を付けてやらねばならないな」
 考えに考えた彼は、名を彼女に付けた。
「グレシア…そう、グレシア・E・フィーディック」
 地の精霊に愛されたグレシア=アーシスから取ったこの名は、
 地の術者によって守られていた彼女にもっともふさわしいと彼は思った。
 …この時は。


「この腰抜けが、逃げんじゃねー!」
 響き渡る大声。
 その声を聞いたオクティムは、買い物途中の店内で頭を抱える。
 “またか…”
 そこにどすどす音を立て、大股で店に入ってくるのはかつての少女。

 かなりの年月が経ち…オクティムに連れられ、各地を転々としていた彼女は恐るべき変貌を遂げていた。
 多少の手入れはされているとは見えなくもないが無造作に結ばれている髪。
 大人の目から見ても、決して小さいとは言えない剣。
 そんな物を背に担いでいる一見すると少年…
 更にはそんな子供が1人立っているとからかいに来る連中もいるわけで…
 結果、彼女はそれを追い払うためにもどんどん強くなり、挙句に口調まで荒っぽくなってしまった。

「ちっ、どいつもこいつも弱っちょろくてどうしようもねーや」
 黙って立っているだけならば、線の細い少年。
 しかし、ばっさり言い捨てる彼女はどこから見てもがさつな少年。
 “どこで育て方を間違ったんだろう…”
 師匠であり養父でもあるオクティムにとっては、まさに予想外の成長を遂げてしまった。
「グレシア…もう少し何とかならないのかな?」
「何が?」
 きょとんと彼を見る表情は年相応の少女に見えない事もないが、いかんせん身に付けている物が悪い。
「いや…いい」
 ため息をつきそうになるのを堪えたオクティムは買い物を済ませ、のんびりとした歩調で歩き始めた。
「なぁなぁ、今度はどこへ行くんだ?」
「そうだなぁ…」
 言って、彼は考え込んだ。
 “高名な地の魔術師がいる所はほとんど回ったし…”
 これまでオクティムは『地の魔術師』を手がかりに、彼女の両親を探し出そうと大陸中を旅してきた。
 しかし、どれも外れで一向に見つかる気配はなかった。

 “もしかすると…嵐に飲まれて…”
 一瞬浮かんだ不吉な予想を彼は即座に打ち消す。
 “いや、あれだけの術をかけた人物だ。そうやすやすと命を落とすとは思えない”
「なぁ、親父。どこへ行くんだってば」
 ぐいぐいと袖を引っ張る手。
 目を輝かせて見上げるこの子は自分を実の親だと信じて疑ってない様だ。
 もし…この旅がお前の両親を探し出すための物だと教えたら何と返事が帰ってくるだろう。

 やんちゃに育った娘の頭をそっと撫でるとオクティムは言った。
「…別の大陸へと行ってみるか?」
「いいなぁ!面白そう」

 事実を告げる日が来る事を彼は確信していた。
 あれほどの術を使える存在がこの世にそれほどいるはずもない現実。
 いつかきっと彼女を知る者が見つかるに違いない…
 見つかったその時、長年守り育てて来た愛娘に別れを告げる時でもある。
 …確信はしていても、その日が少しでも遅くなる事を祈らずにはいられなかった。




今回も一人称ではありません。
慣れないせいか、なかなかうまく進まず…
ちょっと乱暴だけど、ホントは素直なフループちゃん。もうちょっとその辺りを出せたらよかったかも(。。
ちなみに、本編にも書かなかった大陸名。
人間が多いって事でピンと来る人もいるかも知れませんが、正解はアレンドリアですね(・w

…サーラが両利きの理由もそろそろ…(’’

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