とりさん


1)

 ばさばさばさばさささささ!!!
「きゃー」
 “一体…朝から何なんだ…”
 何かが羽ばたく音と、ビオラの楽しげな声。
 あまりの騒がしさに閉口して、夜明け近くにもぐりこんだベッドから這い出した。
 そんな私の頭に落ちてきて、やかましく鳴くのは…
「とりさんでし」
 これは鳥。確かに鳥。どこからどう聞いても、それ以外の何物の鳴き声に聞こえない。
「何故すずめが家の中にいるんだ?」
 首をかしげて、考え込んだビオラは「気がついたらいたでし」と返してきた。

 頭を動かした途端に、また騒々しく部屋中を飛びまわるすずめ。
 見渡す限り、扉も窓も閉まった状態で入ってこれそうな場所はない。
「あぁ、もう…本当にどこから入ったんだ」
 愚痴をこぼしつつも窓を開こうとする私の袖を、ビオラが引っ張った。
「とりさん出しちゃうんでしか?」
 “飼いたいなぁ…”と言いたげな視線。
 ふとみれば、机の上には雑穀入りの皿まで乗っていた。

「…いいか。これは野生のすずめだ。飼うのはお互いのためにならない」
 言った途端にがっくりとしょぼくれるビオラ。
「ダメでしか?」と追い討ちをかけられて…これでは私が悪人みたいじゃないか。
 だが、すずめは人に慣れない事で有名。
 いや“時間をかけても全く慣れない”というわけでもないが、とかく神経質で慣れる前にストレス死してしまうのがオチだろう。
 飼う事自体は確かに心の慰めになるかもしれないがな…
 けれども、いなくなった時の事を考えると、どうしても受け入れる事は出来ない。
「こんなに暴れているのも外に出たいからだ。お前も自由に出入りできなくなったら嫌だろう?」
 この言葉に小さく一つ頷いたのを見て、私は窓を大きく開け放った。

「とりさんずっと上の方で飛んでるでしね」
 ビオラの言う通り、天井近くを飛びまわるそれはなかなか出て行かない。
 勢いよく飛びまわる姿に、ぶつかって怪我でもしやしないかと心配になってきた。
 と、いうのも、幼い頃部屋に飛びこんで来て気を失ったツバメを見た事があるのだ。
 あの時もなかなか出ていかずに困り果てたのだが、どうしたものかと話している最中、勢いよく壁にぶつかってぼてっと落ちた。
 あぁでも、あれは怪我はしてないからと窓のすぐそばに置いてやったら、気がつくやいなや出ていったな。

 “いっそ捕まえて出してやるか”とも考えたが、網がない現状では素早く逃げ回るこれを捕まえるのは至難の技。
「参ったな…」
 “出してやろう”と言うのは簡単。だが、実行しようとなるとかなり難しい。
 それにしても、一向に窓側に近寄らないのはどういうわけか。
 気になってよくよく見てみると、窓の下に…
「ビオラ。少し部屋の奥の方に入ってみなさい」
「にぅ?」
 ビオラが待ち構えてるのに来るわけない…もっともだ。

 2人で窓から離れ様子を見ると、さっそく窓際に飛んで来た。
 カーテンレールの上でばさばさと羽ばたき…後少しなのに、その少しがなかなか縮まらない。
「えぇい、もう見ているだけというのは性にあわん」
 ピューイッ!
 業を煮やして口笛を吹き鳴らすと、今の今まで“窓の事など気付いてません”という風情だったものがするっと出ていった。
「やったでしっ」
「やれやれ…出ていったな」
 ビオラの様に喜ぶよりも、先に疲れが出てぼすっとベッドに腰掛けた。
「また来るかなぅ??」
 何とも無邪気な一言。
 だが、それは勘弁願いたい。

 突然、舞いこんできた小さな嵐が残していった物。
 それは少しの気疲れと、羽ばたいたことによるいくつかの抜け羽。
 


2)

 昨日は鳥の羽音とビオラの笑い声…今日は泣き声で起こされた。
「今度は一体何だ…」
 “昨日もあまり寝てないんだが…”とぼやきつつやった視線の先で、彼女は何かを抱えてぐすぐすと泣いていた。
「うん…?それは?」
 覗きこむより先に、ビオラが顔を上げた。
 彼女の顔は涙と鼻水でぐしゃぐしゃで…そのすぐ横に隠れていた手元も見えた。

 手に乗せていたのは、小さな鳥。
「さっき、おでかけしたら落ちてたでし」
 散歩の途中、道に植えられた木の根元に転がっていたのを見つけて、持って帰ってきたと言う。

 どう声をかけていいのか分からず黙っていると、ビオラはもはや冷たくなってしまったすずめをそっと撫でた。
「とりさんとりさん」
 昨日見た時にはあれほど暴れまわった物が、今はぴくりとも動かない。
 そのギャップが信じられないのか、何度も呼びかける声が辛かった。

 幼いわりに聡い彼女はきっと気付いている。
 今、手にしているすずめが再び羽ばたく事がないと。
 だが、昨日の姿があまりにも鮮やかに残りすぎて、心は受け入れる事が出来ないのだろう。
 分かっているから涙が出る。でも、受け入れられないから呼びかける。繰り返す様はまるで揺れ動く天秤だ。
「…とりさん。もう動かないんでしか?」
 ぽつんと言った言葉に、躊躇いつつもしっかりと頷いた。
 2つの重り。答えてやらねば、耐えきれなくなって天秤が壊れてしまう。
「あぁ…だから、どこか綺麗な場所に埋めてやろう」
 
「さよならでし」
 見えなくなった小さな身体に声をかけ、ビオラはぱらぱらと何かをばら撒いた。
 “何だ”と問いかける前に、振りかえった彼女が言った。
「お花の種でし。いつか咲いたら、もっともっと綺麗な場所になるでし」
「そうか…早く咲くと良いな」
 こくっと頷いて、言った私の首にぎゅうっとしがみついた。
「ご主人様はずっとこのままでしよね?」

 昨日出会った小さな鳥。今日見つけた同じ鳥。
 たった1日の事なのに、その違いは大きすぎて不安にかられたらしい。
「あぁ、私はいつまでもかわらん」
 安心させるように抱き上げ、私はいつもの調子で答えた。




1と2の繋がりが微妙に悪いのは、書いた日が別だからで…(1は飛びこんできた日。2はその次の日(

まぁ…前日、いきなり部屋で響いた羽音にびっくりして、慌てて外に出たのが嘘のような出来事でした(。。
でも、すずめが家の中に飛び込んで来るなんて、今までの人生でこれが初めてだし、
思えば、身体の調子が悪かったのかなぁ…なんて思ってみたり。
見つけたのが生ゴミを捨てに行った時だったもので、
このままにしておいたら一緒にされてしまうんじゃないかと思った瞬間、拾い上げてしまいました。
だって、飛びこんできたのがうちで、見つけたのも私…何だか放って置けなくて(’’;
(もちろん、実は別の鳥という可能性がないでもないんですけれど、昨日の今日で偶然とは思えませんしねぇ…

ちなみに、すずめを飼う事は法律で禁止されてます。
ポピュラーなわりに保護鳥だったりするんですよ、これが。
ツバメの話も実話で、こちらは中学校に数学の授業中飛びこんで来て大暴れ(苦笑

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