□ PHI冒険記・日記以前・ □
−夢見の森・始まりの地−
私は今、森の中にたたずむ街の中にいる。
といっても、ここはエルディアでもなければ我々の属する世界でもない…全く別の世界の森だ。
トラップを追ってここまできたのだが・・・・
「あの子が…“また”抜け出した!!」
今日も私はこの言葉を叫んでいた。
あの子は今までも何度か城を抜け出し、どこかへ遊びに行っていたが…
今回はあまりにも多すぎる。ここ数日毎日この調子だ。
全くもって何を考えているのか、兄である私にも皆目見当がつかない。
「いくらなんでもこれは調べる必要があるのでは?」
あの子の決済を待つ書類を抱えたサーラが言い、
「そうですね、今回は今までと種類が少々違うようですし」
ラーガイアから来ていたフォルクが賛同する。
確かに、今回のは調べなくてはならないようだ。
「そうだな、そうするしかなさそうだ」
…そう思っていた矢先の事…あいつはいきなり手紙を残して、完全に城から脱走した!
−−−しばらく留守にします。お仕事の方は各自分担でよろしくね。
そうそう、探しても無駄だから探しにこないでね。じゃぁ、行って来ます。
トラップ・N・フレイア−−−
「全くふざけた置き手紙をしたもんだ」
思わず、口をついて出た言葉に後の二人はフォローに回る。
「まぁまぁ、置き手紙をなさっただけ、よしとしましょうよ」
「そうですよ。何も言わずに出ていかれるよりよっぽどマシです。ともかく他に手がかりになるような物がないか探してみませんか?」
フォローといえるかどうかは少々疑問だがな。
「ふむ…それもそうだな。何か残っているかもしれん」
それから程なく引き出しに入っていたメモの走り書きを見つけた。
書かれていたのは呪文と思われる言葉と魔法陣と思われる図形…それに加えて、
「…Lifer-Roses?何だこれは」
「名前…でしょうね」
「それは分かっている。だが、何でこの名前が書かれているのかというのが問題なんだ」
…さっぱり分からん。
「うー・・ん。この魔法陣がいったい何の魔法陣なのか、判れば解けるような気もしますが」
「転移陣の物には近いようだが、このあたりが微妙に変えられているな」
私はそのメモに書かれた魔法陣の右端を示した。
「少なくとも、この大陸のどこかへ移動する物ではないようですよ」
棚から本を取りだしメモと比べていたフォルクが言う。
「そうだな。どうやら空間をねじ曲げて、もっと別の…例えば、成長世界へと移動するのと同じ類の魔法陣のようだ」
「すると、別世界への転移陣ということですか?」
サーラが私とフォルクを交互に見て言う。
あぁ、そうか。サーラはこういうことは苦手だったな。
「と、考えるしかあるまいな。いったいどこに出るのかは分からんが、試してみれば分かることだろう」
メモに書かれた魔法陣と呪文を元に、私は棚にある薬品を選んでいく。
「ちょっ、エアトル様!今すぐ行くつもりですか?」
「そうだ。善は急げというだろう。遅くなれば遅くなるほど向こうでどこに行ったか分からなくなるだろうからな」
私の言葉に後ろの二人はため息をつく。
「何だ?」
「いえ、よく似た兄妹だと思いまして…」
…失礼な。どこが似てると言うんだ。
「どこが似てるんだとお思いなんでしょう?思い立ったら何が何でも即やろうとするところなんてそっくりですよ」
……む。
そうか…周りから見れば似てるという訳か。
「仕方ないですね、エアトル様はその魔法陣を完成させておいてください」
考えていたことをそのまま言い当てられて、少々気分を悪くするやら情けなくなった私にフォルクが言う。
「そうですね、私とフォルク様とでこれからのことを頼んできますから」
「あ、あぁ、そうか。すまない」
「で、先に行ったりしないでくださいね、人捜しをするなら人数の多い方が有利ですから」
にっこりと笑うフォルクにようやく思い至る。
「…まさか。二人も来るつもりか?」
思わずつぶやいた言葉に二人は
「当然ですよ」
「そうです。せっかくですからね」
ことさらの笑顔を返してきた。
……しまった…。この二人も妙にこういった騒ぎが好きなんだった。
かくして、私、フォルク、サーラの3人はメモにあった魔法陣を使いこの世界までやってきた…まではいいのだが、
「どこで配分を間違えたんだろうなぁ…それとも薬品の調合を間違えたかな」
気がつけば、一人。
どうやらものの見事に大失敗をやらかしたようだ。
いや、もしかするとあれは一人だけを転移させる魔法陣だったのかもしれない。
焦っていたから、そこまで調べなかったのは問題だった。
だが、本当に参った。
何せ、一人を捜し出せばよかったのが、今では3倍に膨れあがってしまったのだから…
いや、良く考えると3倍どころか…もっと酷い状況かもしれない。3人で1人を捜すのと1人で3人を捜すのではまるで違うからな。
自らが招いたこととはいえ、本当に情けなくなってくる。
「……まぁ、仕方ない。とりあえず捜しに行くしかないか…」
生憎あのメモには戻るための魔法陣など書かれていなかったため、あの子を見つけるまでは戻ることもできない。
私は風を使い、あの子のいる大まかな方向を知るべく、呪文を唱えた。
・・・・・・・・・・
「あれ?」
どうしたことか、私の言葉に風は何の反応も示さなかった。
まさか…
私はその後、自分の使える魔法を次々と唱えていった。が、やはり何の反応もない。
「・・・・・・・」
まさかとは思うが。この世界というのは…魔法という概念がないのか?
いや、そうなると戻るのはどうすればいいのかということにもなってくる。
うぅううう…
煮詰まってきた私は、周りを見回す。
ここはどこかの施設のようで、掲示板とおぼしき看板や張り紙のようなものがいくつも見受けられた。
窓の外を見ると遠くに鬱蒼と生い茂る木々が見え…
はぁ…まさか、魔法が使えないと思ってなかったからな。
ここでボーっとしていてもどうしようもない、どこかに行ってみるか。
私は街を出て色々見て回ってみることにした。
どうやら、ここは夢見の森と呼ばれる森を南に持つ街で、名をアームベルグといい、
東方大陸と呼ばれる場所の中でも南東の方に位置しているらしい。
そして、ここにはトラップ…おそらくライファーと名乗っているだろう少女はいないようだ。
いつもならば、あの子のいないと分かっているこの場をすぐ離れるのだが、ここは私の属する世界とはあまりにも違いすぎる。
駆け足で通り過ぎる事はある意味危険を伴いかねない、と判断した私はしばらくこの地に留まることにした。
−アームベルグ市・冒険者ギルド−
私は、初めに転移した場所、冒険者ギルドへと戻ってきた。
ここには看板が立ち、この世界で起きているさまざまな問題や冒険者への依頼が書かれているという。
つまり、我々の世界でいう“冒険者の店”みたいな役割をここが担っているというわけだ。
まったく手がかりのない状態なのだから、焦っても仕方がない。
ここは普通の冒険者としてこの世界に馴染んでいく方がよっぽど健全なやり方だろう。
現時点で看板に書かれていたクエストは3種類。カラス退治とモンスター退治とアイテム探しの依頼…
ふむ、どれもこれも他愛無い物…とはいうものの、ろくに魔法も使えないようではな。
私はもともと剣が得意ではない。今持っている風光竜の剣でさえも魔法の媒体としてしか扱ったことがない。
ふぅむ…これはまずいな。非常にまずい。
「仕方ない。とりあえず、ここに入ってみるか」
私はこのギルドの右手側にある“訓練用地下迷宮”との看板が立つ階段を下っていった。
−冒険者ギルド・地下迷宮−
地下へと降りた私を待っていたのは、青いぶよぶよした生き物だった。
「スライムか…まったく、ファイアーボールでも使えれば楽なものを」
私は光竜の剣を抜き、振りかぶってスライムを切りつけた。
「なっ!?」
だが、剣は弾かれ、一方のスライムもまったく傷ついた様子がなかった。
いくら私が非力だと言っても、スライムごときに苦戦するほど虚弱ではないぞ!いったい何なのだ、ここはっ
何か他にちょうどいい物は…
私はスライムをかわしつつ周囲に目を配ると、スライムの少し後方に叩くのに具合が良さそうな木の棒が転がっている。
その棒を掴み、渾身の力を込めてスライムに打ち下ろす。
すると、さっきは何事もなかったようにしていたスライムが後ずさり、明滅を始める。
「・・・何だ?・・・っとっ!」
何が起こるのか分からず見ていた私の後ろから、今度は手負いのコウモリが襲い掛かり少々の傷を負った。
その時だった、明滅を繰り返していたスライムがひときわ明るく光ったかと思うと、
光がスライムとコウモリに降り注ぎ、見る間に傷がふさがっていく…
「回復魔法というわけだな」
どうやら魔法という概念は存在するものの、その体系がかなり異なっているらしい。
スライム語なんていうものは私には分からんのだが、スライムが光った瞬間、私の頭に直接響くような声が聞こえていた。
その呪文らしきものの最後に聞こえた言葉が、おそらくこの魔法の名前なのだろう。
何はともあれ、目の前にいるモンスターを片づけないことには、試してみる気にもなれなかった私は棒を振るい2匹を倒した。
・・・が、その間にもモンスターはどんどん現れ、倒すそばから現れるという悪循環に陥ってしまった。
移動しつつモンスターを倒す私に今度は人の声が遠く聞こえてきた。
これもどうやら魔法のようで、最後につけられた言葉はさっきの物とは異なっていた。
“意外に魔法の種類は多いのかもしれない”と思うと同時に、大量のモンスターの相手に辟易して、早々に退散することにした。
−冒険者ギルド・初心者教習−
「まったく、何て大量に出てくるんだ・・・」
迷宮から出た私は思わずこうつぶやいていた。
どこからあんなに出てくるんだと思われる大量のスライムとコウモリには、さすがの私も疲れる。
“訓練用迷宮”だから仕方がないといえばそれまでだが。
でも、まぁ…あそこで分かったことはかなり大きな意味を持つ。
魔法が存在していること。その体系が私の使うものとは大きく違っていること。
何より、この世界では私が全くの冒険初心者にすぎないこと。
「参ったなぁ…」
冒険そのものの知識があったとしても、それに伴うだけの力量がないのでは、うかつに遠出も出来やしない。
どうしたものかと冒険者ギルドを見回した私の目に入ったのは、先ほどよりも更に出入口寄りにある看板だった。
よくよく見れば“初心者教習”と書かれているこの看板の後ろには、先ほどと同じ地下への階段が口を開いている。
この私が初心者教習などというものを受けるのも少々情けないような気もしたが、
何も分からない以上、こういった所へ行くしかないのだろう。
再び地下への階段を降りた私は、その初心者教習のコースでサークルへの鍵のかけ方やはずし方。
更には攻撃の仕方や魔法の覚え方までも習うことになった。
まったく理の違う世界だったとはいえ、
多少なりとも先ほどの地下迷宮でこつらしきものを掴めていた私は、無事教習を終え、その証を手に入れた。
−夢見からTEW…更にNEVへ−
その後は、この街…アームベルグの南に広がる森や、北西に位置する古い洋館…
更にはゴブリンの洞窟などにも足を運んではみたものの、3人の手がかりはまったくなかった。
そういった訳でこの街を離れ、今いる夢見の森が属している東方大陸…アリア大陸の最大の都市NEVを目指すことにした。
今の私に必要なのは何よりも情報だろう。
人が集まるところには情報が集まる・・・・それは、冒険において常識とも言えることだ。
情けないことだが、今までに何度もあの子を探す羽目に陥ったときの知識・経験がこんなところにまで現れてきている。
いったい私というのは何なのだろうか、もしかするとあの子に振り回されているだけの・・・・・
いや、これ以上は考えまい。ますます情けなくなるだけだ。
気を取り直して、私はアームベルグの西道へと向かった。
緑陽街道と呼ばれる街道沿いに歩いていくと、一瞬、濃厚な魔力に包まれた。
「何だ?」
ほんの一瞬だったが、その魔力は転移陣を使ったときのものに近かった。
「ふぅむ・・・・この世界・・・意外に魔法が発達しているのかもしれん」
体系が違うのは今の時点でも理解できているが、それがどこまで完成度の高いものかは全くの未知数だ。
そういう状況下で判断を下すのは早計だろうが、私は漠然とそう感じていた。
様々なことを考えつつ、そのまま街道沿いを歩くと、巨大な門とともにエターニアシティ東門と書かれた道標を見つけた。
その門をくぐった私の目の前に広がったのは、予想以上の広さを誇る都市だった。
「・・・・・確かノーザンエオールシティというのが最大の都市ではなかったのか?」
ここまでの広さと、煩雑さを備えた都市が最大の都市でないとするのであれば、
エオールシティがどれだけの規模を誇っているのか想像もつかない。
とはいえ、ここも巨大な都市であることには変わりなく、多少は何か分かるかもしれないとここで情報収集を始めた。
が・・・・ここでも結果は芳しくなかった。
様々なところを回ったものの、人が極端に少ないのだ。
街の規模が全く違うのにもかかわらず、先ほどのアームベルグの方がよっぽど人が多かったように思った。
しかも、道が複雑に入り組んでいて、方向感覚が狂ったあげくに墓地に迷い込む始末。
そこを出たあともなかなかここに来てすぐにあった広場まで戻れず、あっちやこっちへうろうろする羽目になったが・・・・
そういえば、妙な店もあった。
“黒猫魔法店”と書かれていたが、その裏手にある店では本当に猫が店番をしていた。
だが、売っているものは白猫のマグカップや白猫のブローチ・・・
やけにファンシーな物ばかり、どう考えても私には不釣り合い。
ねこ好きなあの子なら飛んで喜ぶんだろうがな。
いや、私もねこは好きだが、このような物を収集するようなことまでは…
ともかく、どうにかして広場まで戻った私はそのまま北に向かった。
オーロラ街道と道標に記された街道を通り、平原をわたり、たどり着いたのがシーリアと呼ばれる都市。
思っていた以上にエオールシティというのは遠いものだ・・・
初アクセスからその後1週間ぐらいまでの行動です。
当時のログは綺麗さっぱり消えてましたが、このお話だけはなぜか残ってました。
道に迷ったり、魔法や武器の扱いがまるで分からなかったり、ここには書いてませんが、夢見の敵に何度やられた事か…
今でこそ色んな世界を巡ったり、研究に明け暮れている彼も手探り状態からの出発でした。
設定上は妹(相方)が先にPHIで活動を始めた事になってますが、実際には兄(私)が先だったりします(^^;
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